きっかけ

 益子の陶器市に行くようになって20年が経つ。
 最初の出会いは、夏休みにキャンプに行った裏磐梯からの帰り道に、偶然立ち寄ったことから始まる。
 真夏の暑い日だった。
 益子の街に入ると、狭い道の両側にたくさんの窯元直売所や陶器店が並らんでいた。
 季節は夏で、観光地は何処も人であふれているのに、益子は静かに穏やかにそして涼しげであった。
 1台くらいしか停まれないような小さな駐車場がある1軒の店に入った。狭い店の中には大小の陶器が天井まで積み上げけられていた。小1時間をかけて、気に入った皿と小鉢を幾つか購入した。
 そして、そのときに感じた益子焼の触り心地、重量感、素朴さに惹かれてしまったのである。

 それ以降、新聞などで情報を拾っては毎年春の益子陶器市に出かけるようになった。
 陶器市は、毎年5月の連休の前後を含んで1週間程度開催される。この陶器市の開催期間中の益子の町は大変な賑わいになる。少なくとも10万人以上の人間が益子を目指してやってくるのである。
 陶器市の会場は、益子焼共販センターから東西に500メートルの230号線の両側である。
 共販センター前のテントを含めて100軒程度の陶器店を一軒一軒見ていくことになる。入ってすぐ出てきてしまう店もあるのだが、じっくりと見たい店もあって少なくとも数時間を費やすことになる。

 そんなわけで、我が家の食器の多くが益子焼になってしまった。
 始めは、重い、厚い、割れやすいというイメージもあったが、使いなれていくうちにそれも気にならなくなった。ただ、割れやすいことはいた仕方がなく、結局それがために毎年の益子行きの理由にもなったわけである。そして毎年行っているうちに、次第にその年の新作が何か、と言うことに気が付き始め、また、それまでは皿や丼などの庶民生活の必需品だったものから、次第に作る範囲が広がり、ドリップ式のコーヒーメーカーが出て来たり、ワイングラス(?)が造られたりし始めた。今の益子焼きの人気に繋がる新しい作家達の努力の賜物である。古い中に新しい感覚を取り入れることで益子焼も替わってきた。
 今の益子焼の中心となっているのは、軽い、薄い、強いということである。色も明るく絵付けのデザインも大胆でかつ繊細にもなって若干、懐古趣味的人間には合わなくなったが、一方で伝統的な器を登り窯で焼きつづけている窯元も多く残っていて、新旧の調和が実に良くとれた焼き物の町となっている。

 今から数年前に益子に行ったときに、これはといったものがなかった。帰りがけに立ち寄った店の奥で、ふと目に付いたのが「箸置き」である。それが魚型の箸置きだった。
 魚釣りは10代から始めたもので、磯釣りが主で、40才の時には遠く小笠原諸島まで遠征をした。
 もちろん、食べるものでも魚が大好きである。自分でも魚をさばき料理もする。
 その年は気に入った箸置きを2つ購入したに過ぎなかったが、翌年からは「箸置き」だけを目的に益子に行くようになった。気が付くと50近い箸置きが手元に集まってしまったわけである。

平成16年12月31日記