です。
813〜817・822〜826・885(格下げ車)いすゞ・川重・53年頃・廃形式・CRA580 写真は1121ですが、違うところは、ライトの横の通気口が丸い形なこと、青いガラスではないことです。 814〜817は、元貸切車で、813以外は1988年頃中扉と横行先幕、前の行先幕を新設し、路線塗 色になりました。813はトップドア前面小型幕、貸切塗色のまま大口や空港近辺で活躍し、他の車両は 90年前半は、高速経由の姶良ニュータウン線で主に走っていました。その後、姶良ニュータウン線は廃線 となり、そのため、814・816は予備で、815は大村・広橋線、817は大口線で働きました。 しかし、814、816は94〜95年頃廃車、815と817は97年4月頃に、老朽化で廃車になり ました。815だけは、ライト周りのグリルが取り替えて真っ白になっていました。 822〜は、元空港バスで、溝辺に新空港ができて新製された際の2代目に当たります。(前扉の横行先幕 に、空港−吉野−西鹿児島−鴨池港など、色々ありました)826と885以外は、94〜95年頃廃車で、 生き残った2台は、数年間蒲生車として活躍後、97年4月、大口線へ817,1121の代替で移籍され ました。ほっとしていたのもつかの間、その数カ月後には2台とも全く見なくなり、廃車となりました。 (885が1番長く活躍しました) 始め、料金表示器は幕式でしたが、かなり後から替えられたので、全車SHIZUKI製でした。 そのため、廃車発生品として、S-LIGHT製の車両の表示器を取り替え、今でも活用されています。 情報&写真提供:松田 元輝様
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922〜925日野・日野車体・54年頃・全廃・RC301 RC独特の後ろのスタイルが悪かったせいか、日野の旧型路線車はこの4台位しか投入しませんでした。 とにかく後ろのおでこが広くて、ヒューンというエンジン音が気持ちよく、何ともいえませんでした。 922〜924は94年位にいすゞより早く廃車、925は残り、96年冬の1017の改良工事のため、 漆線の長期予備(2カ月ほど)として活躍していましたが、、10XXの予備化と老朽化のため、廃車に なってしまいました。背ずりのビニールカバーは昔からの白地、(926から現在の路線バスは1121 を除く全車、青いNKKマークがたくさんのカバーになっている)で中側だけ両側2列シートになっていて 、でこぼこでした。(前後は1&2シート) 4台の中で925が1番長く活躍しました。 写真提供:松田 元輝様
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926〜934いすゞ・川重・54年頃・廃形式?・BU10K 1014?〜とあまり変わらなく、かなり似ていました。違うのは、2つ下の写真と比べると分かりやすい ですが、ナンバーがバンパー上にきていることと、前面ガラスが平面なこと、後扉の行先幕がユニット窓 全体から見て上に来ていることです。 97年頃、廃車が騒がれた中、系列の半数が色を新しく塗り重ね、中の傷みを修理してあって、98年6月 現在、929と932、934は夕方、特に皇徳寺ニュータウン線によく活躍していました。しかし、8月 になると全く見なくなり、(1000番台に替わっている)鴨池本社車庫にさえも1台もいなかったので、 廃形式になったように見えましたが、朝のスクールバスで活躍しているそうです。 また、98年に926が大口に行って大口明光学園スクールとして活躍したようですが、1248と交代 されました。廃車になった模様です。 929だけS-LIGHT製の料金表示器からSHIZUKI製に替えられていたのを確認しています。それに、料金箱の 調子が悪かったのか、下の1010から転用されていました。 情報提供:森枝 宏文様、キャロル360様
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1006〜1013いすゞ・富士・55年10月製・K−CPM520 富士の3Eボディー車です。(南国はこの後、富士重工の車体は1台も入れていません)富士なので非常口 が前後扉なのに後ろにあります。(1014〜は真ん中にあります) 1008は本城車、1011は蒲生車として活躍していましたが、1008は96年後半頃に新製された 864の投入により予備に変わりました。1011は97年12月に本城の1608が移ってきたため、 予備になりました。1010は系列の中で一番状態が悪くシートカバーなどが何か所かはがれていて、一番 早く命がなくなりそうです。 全車色塗り重ねをしています。全車S-LIGHT製の整理券番号文字透過型料金表示器でしたが、1008は SHIZUKI製になっていて、入口ブザーの音が日野RCの音のブザーになっています。 全車定期運用からはずれ、予備車となっていて、よく夕方の鹿駅−団地間運用についています。状態が全車 926〜と同じぐらい傷んでいて、この系列の命は1014〜に比べたらこっちの系列の方が早そうです。 |
1014〜1017いすゞ・川重・55年10月製・K−CPM520 926〜と同じような車体ですが、この車は(富士も同じく)後ろ扉横の行先幕がユニット窓の下の方に 変わりました。1014は青葉台団地・木場線、1015は武岡、1017は漆線にいましたが、最後まで 定期運用で残っていた1017が98年6月下旬、208と置き換えられ、全車予備になりました。 1014は、結構前から横に半全面の直接ペイント広告(太陽ヘルスセンター)がありましたが、色塗り 重ねで消滅してしまいました。写真のように、「南国交通」の文字がオフセットされているのと、NKK ロゴがちょっと見えないですが、後ろタイヤハウスの所に小さくついているのはその名残です。(塗り重ね で標準配置にならなかったのが不思議です。3番目の窓下にあるアルミ枠の上部が残っているのは、広告時 代に、その温泉の季節の行事などを板に書いてはめるようになっていたので、、取り替えが簡単になってい たのです) 1016は、1〜2年ほど729の代替で蒲生線で活躍していましたが、97年5月始め、色塗り重ねの ついでに予備になりました。 全車塗り重ねと中の整備をしています。珍しいのは、運転席後ろの仕切りの通路側に降車ボタンがあった ことです。(今は1015しか残っていません)全車S-LIGHT製の整理券番号文字透過型料金表示器ですが、 1015はSHIZUKI製に替わっています。 前記と同じく全車予備車として活躍しています。(いつもは鴨池車庫本社にいます) |
1121(移籍車)いすゞ・川重・57年3月製・K−CSA580 1台のみの異端車です。57年といったら、814〜と同じ型ですが、仕様がとても豪華で、青いガラスに 金色のきれいなシート、床が中ドアの前から運転席まで白いタイル調でした。一番後ろの席も4列シート (つまり、ハズレがない)でした。この車は元南九州高速バスの初代はまゆう号専用で、(鹿児島−宮崎 間)林田にも同じような仕様で三菱の1118がいます。もちろん旧型です。1120もいたのですが、 どの会社に行ったのかは分かりません。移籍と路線格下げは814〜と同じ頃に改造されたようです。 整理券発行機が南国の大型では使われていないオレンジ色の小田原製(南国では中型にのみ採用)だった ので(普通は銀色の奈良工業製)おかしいなと思っていたら、1121の生まれた年と同じだったので、 運転席の横で、高速バス時代に整理券が使われていて、それを改造時中扉に(中扉はそのとき増設)持って きて、現在も使われていると推測されます。 88年頃改造されてから95年頃まで市内で活躍し、その後は大口線で活躍していましたが、97年4月 から815の代替で大村・黒木三文字線に使われました。でも結構痛みが激しく塗色が薄くなっていたため 、97年7月上旬、車検ついでに色塗り重ねをしました。 その後、大口線の885の廃車の影響で、また大口線に戻って活躍しています。朝大口を往復して、夕方の 緑ケ丘団地を往復する運用や、昼大口を往復して西鹿児島に着いてからすぐ伊敷団地を2片道運行する運用 を主に活躍しています。配置は鴨池本社ですが、大口線専用車となっていてこの車だけ予備車ではありませ ん。 後からの改造だったので、料金表は当初からSHIZUKI製。整理券発行機は上にも書いたとおり小田原製です。 珍しい車両だけに、保存する価値がある車両です。 |
1230?〜1233?日野・日野車体・59年頃・(P-RJ172AA) この車の存在は98年の1月まで知りませんでした。(つばめの車窓の阿久根付近で初めて見ました) 中型のRJで、後扉は引戸です。98年4月、JRバス廃止のため、急きょ出水の1233が帖佐駅〜蒲生 線の運用になり蒲生車になりました。 シートは1000番台のような形ですが、モケット地は今の標準である赤字に黒縦帯色で、肌触りも格段に よくなっています。 確認した車全車が色塗り重ねをしており、整備が念入りにされていて、状態は経年の割にいいです。 写真の1233は行先幕の両サイドは白いですが、1230は黒になっていて引き締まった印象です。 料金表示器は新製時からのS-LIGHT製で整理券番号の文字は白文字です。整理券発行機は大型車では使われ ていない小田原製です。 |
1241?〜1248?・〜1274?〜いすゞ・川重・59年頃・P−LR312J いすずの中型LR(初期のこの番台はジャーニーの名があった)で、後扉の引戸です。この車は90年前半 まで、木場線にも使われ、鹿児島市内に来ていたのですが、今は空港−ショッピングセンター線や、姶良 ニュータウン線、大口、阿久根、出水ブロックなど広範囲で使われています。(後に記述する14XX、 154Xも同様)鹿児島市内に来ることはめったにありません。 127Xの中の1台が、白ナンバーに変わっていました。97年4月に初めて西鹿児島駅前で見たのですが 、今までの塗色に加え、前の方に鈍い水色(観光のような)の線が増えていました。前の行先幕は南国交通 でしたが、今は白幕になっています。横の行先幕は機械自体が取り外され、料金表、運賃箱もないでしたが、 降車ボタンはまだありました。後ろ扉の所にもシートが増設されています。シートカバーがいくつか外れて いたので、状態の悪いものから出したのでしょうか。鴨池本社車庫の職員輸送用として使われています。 夕方西鹿児島駅前を通り、お昼は鴨池本社車庫にいます。なかなかおもしろい1台です。 1248は大口営、1274は空港営に配置されています。 配置&情報提供:キャロル360様
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1314?〜1316?日野・日野車体・59年頃・(P-RJ172AA この車は、97年8月4日父の仕事で川内に行ったとき見つけました。この日までは存在を知りませんでし た。1315は運用中、1316は川内隈之城車庫にいるところを見つけました。 全車色塗り重ねを完了しているようです。エアコン装置の位置が床下から屋根に変更しています。 川内や出水にはまだまだ知らない車両がいるようなので、一度しっかり調べてみたいと思います。 |
〜1362〜いすゞ・川重?・60年頃・(P−LR312J) この車は、97年8月7日の新聞に町が委託したバスを走らせている記事を見て知ったものです。前に運行 開始の記事を切り抜いていたので、見返すと確かに1362が載っていました。このバスは祁答院町が南国 に委託している「祁答院バス」で、宮之城営業所のバスの待機時間を活用して運行しているものです。 97年8月4日に父の仕事の関係で川内市に行ったのですが、駅前には136Xが何回も来ていて驚きまし た。川内では貸し切り塗色のV10「き・42X」が路線で走っていたり(もちろんナンバーを更新) 元空港バスの1480(旧型エアロクイーン)と1484(日野)が走っていました。(93年頃に鹿児島 市内−空港線からはずされ、同時期に開設された川内−空港線{僕の住んでいるところを通る}に入りまし た。でも、いすゞの486,488が入ってきたため、98年路線に降格されました。) 川内の人は得していていいですね。 話を戻しますが、136Xは12XXと仕様は全く一緒です。 |
1430?〜1435?いすゞ・IK・60年頃・(P−LR312J) 127Xとほぼ同じですが、この系列から引戸から折戸になりました。また、ハーフシートカバーが新製時 から青いNKKのロゴが斜めに連続して入ったものが採用されていたようです。 特に空港営業所に配置されており、ショッピングセンター線や姶良ニュータウン線、出水方面でも活躍して います。 出水方面に同番台で日野のRJ(前面にウイングがついている)がいるようですが、調査してから掲載した いと思います。 |
1537〜1545いすゞ・IK・61年頃・(P−LR312J) この車も、日野の123Xと同様に98年4月に帖佐・蒲生線に1544,45が入線するまで存在を知り ませんでした。この車は宮之城線の廃止転換交付金で購入されました。基本的には14XXと同じですが、 3ヶ所違うところがあって、横の方向幕が、ちょうどユニット窓の枠の半分の大きさになりました。(以前 は窓の縦3分の1の大きさ)今まで方向幕は当初から○−○−○でしたが、帖佐・蒲生線に入線してから、 ○○行のように、真ん中に大きく行先が書かれるようになりました。(南国交通全体でも交換する方向幕は そんな風な新型になってきています{94年頃からの新型幕は前だけ一部路線、カラー幕になっています} )それに、これからの新車の標準型シートになる背中独立式天龍工業製JASO規格のハイバック厚手シー トが採用され、ハイグレードなものになりました。さらに、後ろの幕が追加されました。(手動式のため常 に南国交通) 1537〜1542は宮之城、1543は大口、1544,45は大口から移籍して蒲生車となっています。 ナンバー&配置&情報提供:キャロル360様
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1604〜1613,1629〜1630日野・日野車体・62年頃・(P-HU275BA) スケルトン型で初めての大型ブルーリボンです。全車始めから鹿児島市近郊で活躍しています。1605, 1608が本城線でしたが、97年12月、1607の入線に伴い1608は蒲生線に移りました。 窓は今までのユニットではなくT字窓で、横方向幕は窓全体から見て下(上に小窓型)に大型でついていま す。後ろにも幕がありますが、手動式なため常に南国交通です。(あとは回送しかない)また、1608と 1613は写真と違い、助手側窓下の空気取り入れ口に「中乗り」と書かれていません。腐食で塗りつぶさ れたような感じです。 1629は、96年終わり頃にズームイン朝のシール式半全面広告が貼られました。右側面、左側面ドア間 アルミ枠、後ろエンジン点検蓋、後ろガラス、それに車内側面ガラス(当初は名探偵コナン)、天井の小型 中吊り全てにキャスターの似顔絵が書かれた同じ広告があり統一感があります。97年の4月から、KYT の鹿児島から伝えるキャスターが男性から女性に変わり、6月まで暫定的に顔だけはがされていたのですが 、6月になんとピンク色の新広告が貼られました。もちろん似顔絵入りです。現在は車内側面ガラスの広告 と中吊りは現在各社の広告になっています。半全面広告はこの系列ではもう1台、1630の「車のガリバ ー」がいます。車内でびっくりします。 1607,12は98年に色塗り重ねを実施しています。シール広告を推進しているので、アルミの枠が 取り外され、右側側面の非常口の辺りにあったNKKマークが、真ん中に移ってしまいました。 この系列は新カラー幕への交換が進行中です。料金表示器は新製時からS-LIGHT製整理券番号白文字型で したが、早い時期に全車SHIZUKI製に取り替えられています。 1604は西郷団地車、1605,1607は本城車、1606は武岡車、1608は蒲生車です。 配置情報提供:輝太朗様
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1618〜1622・1631いすゞ・IK・62年頃・(P−LV214M) キュービックLVで一番始めのいすゞ車です。車体が違う以外上に書いた初期のブルーリボンと仕様は大体 同じです。 1621はエグゼマイケルの黄色い半全面広告車です。 98年前期に1619,20,21は色塗り替えを実施しています。この系列の色塗り替え車は、もちろん アルミ枠の撤去がされましたが、上の日野車と違い、NKKのマークは真ん中に移っておらず、非常口近く にそのままの形で塗り替えています。 後ろのナンバー枠はエンジン点検蓋が三方開きのため、他のP−LV車とは区別できます。 この系列も料金表示器は新製時からS-LIGHT製整理券番号白文字型でしたが、SHIZUKI製に取り替えられて います。しかし、1618のみ交換されておらず、整理券番号は白文字です。 1619,1620は新カラー幕に替えられています。 この系列は低馬力と冷房が席ごとにコントロールできないなどの問題があるため、予備車が増えています。 1621は宮之浦団地車、1631は吉田インター車です。1618〜1620は鴨池本社の予備車になっ ています。 配置情報提供:輝太朗様
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