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お茶のルーツ
お茶は学名を「カメリア・シネンシス」というツバキ科力メリア属の常緑低木で、十月
から十二月にかけて白い花が咲き、翌年の秋には果実が実ります。
お茶の語源は二つあ
り、一つは中国の福建語(フツケン)の「TAY」(テイ)で、これから英語のTEA、フラン
ス語のthサなどが生まれました。
もう一つは広東語の「CHA」(チヤ)で、これから日
本語の茶、ポルトガル語、ヒンズー語、ペルシャ語などのCHAが派生したといわれてい
ます。
お茶の木のルーツ(原産地)は中国の雲南省(ウンナン)といわれ、雲南省の奥地に
は、いまもお茶の原始林が広がっていて、樹齢一七○○年という「茶王」と呼ばれる大き
なお茶の木が残っています。
そこから世界各国へ「ティーロード」が延びていった、とい
うのが一般的なお茶のルーツです。
中国の史書によると、飲茶の起源はいまから約五0
00年前のことで、山東省に住んでいた〃新農氏〃という一族が、お茶を薬として使用し
たのが始まりといわれています。
また、中国の三国時代(二二八〜二七九年)の史書『三
国志』では、喫茶の歴史は雲南地方の住民の〃偶然〃によって始まったといわれています
。
お湯の中にお茶の葉が落ちてきて、たまたまそれを飲んでみたら気分が爽快になったの
で、お茶を飲むようになったというのです。
最古のお茶の専門書というと、唐代(七七
○年ごろ)に陸羽(リクウ)が書いた『茶経』(チャキョウ)です。
この書には、お茶の起源、効
用、産地、製造法、飲用法や茶道具などのお茶に関するすべてが詳細に記載されています
。
ですから、中国ではこのころまでには飲茶の習慣が確立していたと考えられます。
そ
のお茶を日本に伝えたのが栄西禅師(エイサイ)で、平安時代末期の1191年に、宋から持
ち帰ったお茶の種を長崎の背振山に植えたのが始まりとされています。
それ以前にも、遺
唐使として中国に渡った僧侶たちがお茶を持ち帰ってはいたのですが、この時代にはお茶
は一部の上流階級で薬用として使用されていただけで、一般にまでは広まりませんでした
。
しかし、多くの研究が進められるにつれて、お茶は中国だけで発生したのでなく、別
の国や地域からも同時発生したのではないか、と考えられるようになりました。
たとえ
ば、タイやラオスではお茶の葉を「ミャン」ミャンマーでは「ラペソー」と呼び、茶葉を
蒸して乾燥させたあと、容器に入れて発酵させ、野菜の一部として昔から食べています。
日本でも同じようにお茶を蒸したあとに桶に漬け、発酵させて飲む 徳島県の「阿波番茶
」(アワ)、高知県の「碁石茶」(ゴイシ)、愛媛県の「石鎚黒茶」(イシヅチ)、富山県の「
バタバタ茶」といった後発酵茶(コウハッコウ)が存在します。
これらのお茶が〃発酵〃とい
う点で似ていることから、なんらかの関連性があるのではないかといわれています。
また
、日本には「ヤマ茶」と呼ばれる在来種があり、栄西禅師以前からお茶を飲む習慣があっ
たのでは、とも考えられています。
といっても、現在日本に残っている茶の木は、せい
ぜいご一○○年ほど前のものです。
はるか昔のことは夢物請にしかすぎません。
しかし、
科学が発達した現在、その夢物語が現実のものとしてクローズアップされてきました。
世
界各地のお茶のDNAを調べて、科学的にお茶のルーツを解明しようとする試みが進めら
れているのです。
まもなく、お茶のルーツがはっきりとする日が来るでしょう。