京都市東山区・新熊野(いまくまの)神社  場所の地図

 当神社からいただいたパンフレットに次のような記載がありました。
 当社は、熊野信仰の盛んな平安時代末期、永暦元(1160)年、後白河法皇によって創建されました。後白河天皇は、退位後も引き続き院政を敷かれ、そのときの住まいが、三十三間堂の東側にある法住寺で、その鎮守社として新熊野神社が、鎮守寺として三十三間堂が創建されました。
 法皇は一生のうちに34回熊野に参詣されていますが、当時の都人にとって熊野に参詣することは大変なことで、そう何回も行けるわけではありません。そこで、熊野の新宮・別宮として創建されたのがこの神社で、長らく京の熊野信仰の中心地として栄えました。当社が「新熊野」と書いて「いまくまの」と読むのは、紀州の古い熊野に対する京の新しい熊野、紀州の昔の熊野に対する京の今の熊野という当時の都人の認識が、その由来となっています。 その後350年間、当社は繁栄を極めましたが、応仁の乱以降、度々の戦火に見舞われ、一時は廃絶同様の状態になってしまいました。現在の本殿は寛文13(1663)年に修復されたものです。
 由緒ある神社ということがわかります。神社のうしろは、熊野古道のモニュメントになっており、この京の地で、熊野詣でができるようになっています。

参道 拝殿 御神木の樟
熊野古道入口 熊野古道のモニュメント 朱印
≪平成29(2017)年11月28日奉拝≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成29年12月12日(火):第2431号】