今月の掛軸(額) №42-日々是好日

 扁額の紹介3回目です。今月は、庫裡の玄関奥の室に掲げてある扁額です。
 この扁額も臨済宗大本山方広寺第3代管長で、101歳の長命を全うした足利紫山(1859~1959)老師のもので、落款にあるように老師百歳の時のものです。
 「日々是好日」は、「にちにちこれこうにち」と読む禅語です。文字通りに解釈すれば「毎日が平安で無事の日である」と云う意味です。
 しかし、実際の意味は違うようです。調べた結果は以下のような意味だそうです。
 多くの人は、「今日も一日よい日でありますように」と願います。しかし現実は、そのとおりにはならず、雨の日や風の日があるように、様々な問題が起き、悩まされることばかりです。しかし、どんなに雨風が吹こうとも、悪い出来事がおころうとも、この一日は二度とない一日です。この一日を全身全霊で生きることができれば、まさに日々是れ好日となります。好日は、願うだけや、待つだけではかなえられません。自らの生き方に、日々に好日を見い出さなければなりません。ただすわって待つのでなく、主体的に時を作り、充実したよき一日として生きていくところにこの語の真意があります。
 このように、禅語の本当の意味を理解することは、本当にむずかしく感じます。でも、本当の意味を理解してから改めて禅語を読み返すと、その禅語自体をすばらしく感じるようになるのは私だけでしょうか。

扁額全体 落款拡大
≪平成26(2014)年7月6日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成26年9月3日(水):第1235号】