吉良の三ヶ寺
西尾市吉良地区には、歴史的に有名な吉良上野介や吉良の仁吉に関連する寺院があります。近くに出かけた折りに、吉良地区三ヶ寺を参詣しました。
華蔵寺 場所の地図
華蔵寺(けぞうじ)は山号を片岡山(へんこうざん)といい、忠臣蔵の敵役である吉良上野介義央(よしひさ)公の曾祖父が旗本として吉良家を再興した際に、父の菩提を弔うために慶長五(1600)年に創建した臨済宗妙心寺派の寺院です。吉良家墓所には、代々の墓が建ち並び、毎年、吉良公の命日である12月14日には毎歳忌(まいさいき)法要が行われ、たくさんの参拝客が訪れます。
写真にある経堂は、元禄13(1700)年、義央公60歳の時に寄進した建物です。中には鉄眼一切経が納められています。吉良さん三百回忌の平成14(2002)年に記念事業として復元修理されました。
華蔵寺参道及び山門 | 華蔵寺本堂 |
吉良上野介の墓、墓所には代々の当主や家臣の墓があります。 | 華蔵寺経堂 |
≪平成25(2013)年6月17日撮影≫ |
花岳寺 場所の地図
華蔵寺から北東方向100mのところに花岳寺があります。臨済宗妙心寺派の寺院で、山号を祥雲山といいます。中世に吉良荘東条を領した東条吉良氏の菩提寺として創建されました。江戸時代には高家となった旗本吉良家の崇敬を受け、本堂は貞享元(1684)年に吉良義央公から姉の菩提を弔うために再建されたもので、国の登録有形文化財となっています。
境内には孟宗竹伝来の竹藪があります。文政3(1820)年に、9世住職が京都から竹の新種「孟宗竹」を持ち帰り、此処に植えられ、筍栽培を近隣に広めました。そのため、三河地区南部が筍の産地になりました。
花岳寺本堂 | 孟宗竹伝来の藪 |
≪平成25(2013)年6月17日撮影≫ |
源徳寺 場所の地図
義理と人情の侠客「吉良仁吉(きらのにきち)」は吉良町上横須賀の出身です。その仁吉の縁のある寺院が、真宗大谷派の信道山源徳寺です。「吉良仁吉」は、18歳から3年間、清水次郎長の下で過ごし、後にわずかな恩に報いるため戦に挑み、28歳の若さで亡くなります。源徳寺には、仁吉の一周忌に清水次郎長が建立したといわれている墓があります。毎年6月の第1日曜日には仁吉を偲んで「仁吉まつり」が行われます。
源徳寺本堂 | 吉良仁吉の墓 |
≪平成25(2013)年9月20日撮影≫ |
釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成25年9月27日(金):第894号】