小宮と手品の関係(4)


【現代の凋落】

[手品の鉄則]同じ手品はその場で2度やらないこと。

 秋葉原の店頭販売のおじさんが言う言葉である。手品のうまい人は、ばれないのではなく、2度やらないように、いくつも違う手品を持っている、とゆーのである(うまい口上だ)。
 しかし、私の行っていた大学は理系のためか、探究心旺盛で、友人達はタネがわかるまで繰り返せ、と要求されるため、持っている手品を全てさらけ出してしまうことになるのだった。
 例外として、何度もやって見せてから、さぁやってごらん、と相手にやらせるとすぐには出来ないので不思議がるという手品(おもちゃ)もあるが、これもその場にいる人がみんなタネを知ってしまえば、2度と使えない。もっとも最後の一人か二人がわからなくてあとみんなわかっているという状況が一番楽しいのだけど。

 閑話休題。同じ手品を何度も連続してやると言うことは、それだけ相手にタネ以外の部分を注目させることが難しくなると言うことである。逆に言うと、手品を演じると言うことは、演者が、話術とそぶりで所定の場所(タネでないところ)に、いかに観客を惹きつけるか、にかかっているのである。

 とゆーわけで私は次々手品を購入することになっていった。しかし、大学を卒業してからは、あまり手品を発表する機会がなくなってきたので、最近はタンスの肥やしになりかかっている。
 私の持っている手品は、どちらかというと少人数を相手にするタイプの手品のため、会社の忘年会なんかで披露して受けるようなものでもないのだ。

 今でももちろん秋葉原に行って、暇があれば実演販売を見るが、もうあまり買わないし、買っても発表する場がなくて寂しい。(T_T)

【手品の紹介って?】

 そこで、インターネット上にホームページを開設するにあたり、この趣味を紹介しようと思ったのだが、良く考えると、ホームページの特徴である、随時性、つまり好きなときに好きなだけ見られるというのが仇になって、手品の面白さを伝えることが難しいのである。そう、「同じ手品はその場で2度とやらない」と相容れないメディアなのである。

 現在(1997年11月)私の持っている道具では、動画を紹介するのは難しい。生録出来るビデオと、観客に操作させるためのインタラクティブムービーを作るためのソフトウェア(Directorなど)が必要だし。もし出来ても、観客にある一点を注目させるのは至難の業なんである。

 そういう意味で、秋葉原の店頭販売はいいメディアだな、と思う。

 お し ま い


【近世の幕開け】に戻ったりして。

目次に戻ろう。

Last Updated: 1997/11/12