トモヒロ 「海のチャンネル」6/28 第13回
先週に引き続いて加山雄三さんがゲストです。
杉山:今回は加山雄三といえば船のお話です。
船は23隻目。光進丸。 初代は昭和39年、デザイン(一般配置図、形状)は加山さんです。
2代目は昭和44年、3代目は1981年。船で遠出をする時は丘に上がらない。船の上で生活をする。料理もする。 見よう見まねで若いやつも料理が上手くなる。
加山雄三ミュージアムが堂ヶ島に3/21オープン。
一般の観光客の方にも楽しんでもらえるように温泉がある堂ヶ島にした。
いろいろな資料が展示してある。音楽の部分、映画の部分、生い立ち、油絵(ここ数年に描いた)約50点、など。 絵は自己流で、暇があれば描いている状態。
ハワイとかだとラッセンとか海をテーマに描く画家がいるけど日本にはいない。 杉山さんは自分が日本の第一人者になりたかったが加山さんがいるので無理ですね、、と言ってた。
加山さんは想像で描いてる。昔の茅ヶ崎の波のようなのが多い。
杉山:今日、初めてお会いしたんですが、僕の範疇では抱えきれない海を語って頂いた。
海に関するファンも音楽のファンも両方とも納得させられるものがあるのは感動させられる。
加山さんは昔の呼び名が”キヨタカ”だったそうで杉山さんに親しみを感じるというお話に、 杉山さんは「ヤッター」と喜んでました。
杉山:スギヤマ、この年になってめちゃくちゃファンになってしまいました。

後半は民話・神話のコーナーでした。島根県八束郡(やつかぐん)森山海岸の弁慶島のお話でした。
杉山:結構好きかもしれません、いいですねラジオドラマぽくって。皆さんどんどん送ってきてください。
引き続き民話、リスナーからの紹介。福井県の当人坊(現在は 東尋坊)のお話でした。
民話、神話シリーズは、今後どんどん盛り上げていきたいコーナーだそうです。

FAXのコーナー
東京の5年来のボディーボーダーからのお話。とっておきのビーチのお話でした。
人が少ないビーチ、人がいてもみんながごみを出さないようにしたり、 ワックスをタオルで拭いたりして美しさを保とうと大切にしているビーチはすばらしい、 、というレポートでした。
杉山:自分が求めているものに時間を惜しまずに向かっていることは大切なこと。
僕は場所を言うなという場合には絶対に言いませんから、とっておきのビーチがあればFAX・手紙を送ってください。
by トモヒロ(島根の神話のお話。地元ですがよくわかりません。知りませんでした。すいません。)
98/7/3 (金) 01:50;26




海のチャンネル」6/21 第12回

今週のゲストは、オープニングテーマの方、 海と言ったらこの方に来ていただかないといけません。加山 雄三さんです。
加山さんには、海全般で時代を追って〜
杉山:海と出会ったのは〜
加山:歩いて2〜3分の所に住んでいたので、物心ついたら、そこに海があった。
最初のころは、泳げないから海で遊ぶという、竹バットにテニスの軟球で三角ベースで野球やったり、 貝殻を拾って、小学校の夏休みの宿題にしたりと、浜辺での遊びは楽しかったよ。
海に行けば、しあわせがあった。何もない時代だから。
加山:波乗りを初めてやったのは、小学生の頃、風呂のふたのような長方形の板1枚で 1mぐらいの、幅は少し狭い2cm厚みの杉の板で自分で作って、波乗りをしていた。当時なかったから。
中学のころから自分で船を作ってたので、ハワイアンスタイルのボードは、たいして難しいものではなかった。
高2〜高3の頃自分でボードを作って乗った、写真を見ただけで、2m40cmほどのものを作ってしまった。
ハワイアンスタイルの第1号として当時の新聞にも載り、茅ヶ崎の資料館に写真があるそうです。
杉山:そのサーフィンにはまられたんですか?
加山:はまったねぇ。だっておもしろいもんな。
本物のボードがほしくて、その後ハワイに行ったときボードを買ってきたが、日本には、なかったので、 日本の税関で説明するのがたいへんだったとか。
その後、大きな船を作ようになった。
昭和39年の初代「光進丸」のとき、昭和40年ごろ船で沖へ出てサーフィンをするということをしていた。
杉山:それは今、タヒチとかでしてることですね。 それを、昔にされてたんですか?
加山:水上スキーから、サーフィンとかモーターつきのボードにも乗ったりしてた。

後半も加山雄三さんとトーク
ミュージシャンウォーターマンとしての関わり・・・
杉山:音楽をやるキッカケは
加山:小さいときオルガン、(足踏みの・・・)それからピアノを バイエル・ソナチネ・とクラシックが好きだったからやってて、 中学2年のときからバイエルのようなピアノ曲を大学卒業までに10曲ぐらい作ってて、 そのうちの3曲ぐらいは、エレキの曲やチェンバロの曲としてアレンジされ、世にでている。
「夜空の星」は最初に作った曲。
杉山:ギターはいつ頃からなんですか?
加山:ギターは高校になってからで、 スキー場で友達が質流れの500円で買ったギターを弾いてたので、教えてもらい 弾いていた。
この世界に入って、バンドを作れという会社命令で「ランチャーズ」を作った。
それで、レコーディングをすることになり、弾耕作として・・・
杉山:その弾 耕作ってどうしてつけられたんですか?
団 いくま先生(クラシックでは、尊敬していた)
山田 こうさく先生(童謡が好きで尊敬していた)
この尊敬しているお2人の名前を取って、つけた。
杉山:ギターの腕前はすごいですね。
加山:いやいや、僕はギターは、へたで進歩がない・・・
杉山:僕の周りでは、どんなヘビメタをいまやってても、やっぱり加山さんのギターいいよねってなりますよ。
はずかしいなぁ。穴があったら、掘ってしまう。

加山さんの音楽は、時代関係ないですね。今聴いてもいいです。
そうかい。うれしいねぇ。そういうふうにいわれるのが一番うれしい。
いい音楽は、時代をこえていいと思うことがあって・・・

杉山:海と音楽と言う形では・・・
加山:海で曲をつくってるうちに沖へ出ていっちゃった。沖から陸を見ている。
クルーザーなんかに乗ってる人が海の上で聴くとピッタリくるらしい。
海側から見てる音楽になってるらしい。
杉山:僕も波乗りはじめて、書く詩とかメロディーとかが変わって 海がわから、見てるってよく言われます。
同じ考えでうれしいです。 杉山:メロディーがしっかりしてれば、時代は関係ないですね。
すごい緊張しました。豪快な方で、楽しそうに話されて・・・
来週も加山雄三さんです。

このあと、「美しいビーナス」がかかる。
私はうれしかったです。 全部加山雄三さんの曲でした。
本当に豪快で楽しそうに話されて、次から次へと話が尽きない感じでした。(flipper)



トモヒロ 「海のチャンネル」6/14 第11回

先週に引き続いてプロボディーボーダーの小池あおいさんがゲストです。
杉山:日本の好きな海は? 地元ですか? 辻堂? 辻堂の特色は?
小池:良くなると三角波で、サイズがあがるとパワーがあって海外みたい。
小さい波は試合の技の練習になる。
地元は練習しやすいですね。顔が知られてると。自分独りで上手くなるっていうのは絶対ないと思う。
まわりと触れ合って自分を高めていくことも必要。
杉山:好きな海とかっていうよりも、必要な海なんですね。

(ここで、杉山さんのハレイワについての話。小池さんとの専門用語を交えての話。)
小池:ハワイのハレイワはすごく勉強になる波だと思う。 いつもハワイに行くとハレイワに行って勉強している。
ハワイ以外では南アフリカ。サメは多いけど自分たち5人くらいしかいなくて、乗りたい放題。
ずっと乗れるからいろんな技の練習ができる。こわくもない。
杉山:いろんなところの波を体験して見えてくるものたくさんあるんだろうね。やっぱり大事なことですね。

杉山:今後の予定は?
小池:JOBの日本の試合が2〜3。世界のツアーはフランス、ポルトガル、(聞き取れない)、ブラジル、グアルルーペ、ハワイ。
杉山:これをどれぐらいの期間で回るんですか。
小池:ひとつの試合が1週間で、ひとつの場所が1週間半づつ。
杉山:どんどん転々と?すごいですよねー。
僕なんかたまに仕事が詰まって、2ヶ月でハワイ3往復しただけでも「うわー疲れたー」ってなるのにそれどころじゃないもんね。
いろんなことろで、いろいろな波に出会えて、いろいろな人に出会えて、なんかストレートに生きてる感じがします。
夢とかは?どこどこに行ってみたいとか。
小池:フィジーとか、バリの周りの島とか、オーストラリアとか行ったことがなくて、世界中の海に行ってみたいですね。
他には、フラダンスをおぼえたりとか、イルカと泳ぎたいとか。
(小池さんの時計はスポンサーのアルバのあおいモデルというお話。)

後半は佐渡ダイビングセンターの本間さんとの電話トーク。
海中温泉が出ている場所がある。72〜73度の温水が吹き出していて、卵を吹き出し口に置いて25分くらいでちょうどよい半熟になる。
いわゆる海の中の温泉卵というお話。などなど、いろんなお話。
杉山さんはダイビング=南の島というイメージを拭い去ってしまったと話してました。
0259-55-3103 佐渡ダイビングセンター

ところどころ略してますby トモヒロ
杉山さんの曲「イフ」がかかりました。
これは聴いたことがないんですが、LOVINGのカップリングなんでしょか??
シンセのシーケンスとリバーブ深めのギターとシンベが印象的な曲です。



「海のチャンネル」6/7 第10回

小池 葵さんがゲスト
生まれは、HAWAII
6歳までオワフ島で過ごす。
杉山:「あんまり覚えてないでしょ?」
小池:「中学のとき、HAWAIIに行ったら、 覚えてたんです。
いろんな場所にいくと、なつかしく思ったり、 特に道は、よく覚えてる。」

その後、湘南。 ご両親がサーフショップを経営されている。
自分はボディーボードをするとは、思わなかったけれど、店にボードのサンプルが入ってきて 中学1年のとき遊んでたら、両親に素質があるから、「やりなさい」ということで、やりはじめる。
杉山:「プロ1年目で、優勝していまいましたね。これは、快挙ですよ。」
小池:「聞き違いかと思った。優勝とか関係なく、決勝で自分の力が100%だせてよかったと思ってた。」

杉山:「葵ちゃんは、いままでもHOW TOの本、出してますよね。」
今回のは、HAWAII。
杉山:「イルカと一緒に写ってるので、葵ちゃんが、イルカに向かってるのがあるんですが・・・。」
小池:「HAWAIIの西の方で、波チェックしてたら、偶然会ったんです。」

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鹿児島県吹上浜アクティブスポーツ「がんこ」の西村コウジさん
ウインドサーフィンをしている
杉山:「西村さんとの出会いは、5〜6年前、 鹿児島でたまたま、波乗りしたくて、電話帳みて、いきなり行ってからの友達。
ファクトリーも兼ねたショップで、是非行ってみたらいいですよ。」
杉山:「波乗りをするのに、一番いい時は・・・」
西村:「6月の梅雨時がいい。ウインドは、冬がいい。」
鹿児島市内から20分ぐらいで着くらしい。
今回も「LOVING」かかりました。