国際コンペ 「21世紀・京都の未来」


登録番号1700
平成9年10月31日
登録者代表: 森竹敏朗
共同提案者: 辻野隆雄
柏原誠 近藤みどり 鷲原知良


  • Introduction
  1. 概論
  2. 現状分析
  3. 21世紀への京都への提言
  4. 市民まちづくりの構想;NPOを事例として
  5. 新しい都市の仮説
  • おわりに
 

こんな変化の速い大都会では半年も待てない−。再会を約束して旅立とうとするマリエル・ヘミングウェイを前に、ウディ・アレンは子供のように駄々をこねる。映画「マンハッタン」のラストシーンだ。
半年後が信じられない、とまでは言わなくとも、都市においては50年前の痕跡すら歴史的遺産に見えてしまう僕らの想像力では、おそらくすべてが変化しているだろう50年後の都市については、「機械的合理性がすべてを律している社会」「いや、人間の情感はそう大きく変わらず生き残る」、楽観・悲観、あるいは両者のミックスして想像するが、やはり楽観的でいたい、と希望しているものだ。
さて、京都だ。
この街の現状を見る時、未来も視界に見据えた変遷の流れの中では、現時点が過渡期にあるのか、あるいは過去の時代をとっくに過ぎてしまったのではないか、という判断がまず求められている気がする。その判断が、50年後もこのまま「特別なイメージが付随する都市」であり続けられるのか、それとも単なる一地方都市になってしまうのか。そして将来の鋒先を産業基盤開発を再優先した都市経済力強化に向けて経済的大都市になるのか、あるいは日本文化・伝統的美学といった付加価値的資産の集積地として生きていくのか、あるべき未来の京都の姿を写し出すために必要なポイントだ。
都市は人間の活動と思惑の集積地である以上、その変化は計算された理論より人々のファズィーな感性に従うものだ。人々の日常生活の地盤である近代文明はしばしば「美学を生み出す文化」を時空の彼方へ追いやってきた。しかし僕らは日常生活で文明の利便を享受しながらも、この都市に美学的文化の巣窟であることを要求している。僕らはやや楽観的に「50年後も際立った個性を持った都市であり続けること」を大前提に、未来の京都に期待をかけたヴィジョンを提案する。
僕らははたして50年後、ウディに対するマリエルのように「人間は意外に健全よ、信じなさい」と言っているだろうか・・・。

 


1. 概論

私たちの提案は、「50年後も都心部に豊かな都市文化が生きる都市であり続けること」を最大眼目としている。50年後の京都が京都らしくあり続けるために、あくまで住民の視点から考えた京都の未来像だ。
京都の都心部の未来像についての僕たちの考えから始めてみよう。
  • 都市文化の拠点としての都心部

京都が国際的に認知された独自の文化都市であること、将来においてもこの姿を維持していくこと、それが都市として価値を産み出していくものだという市民的コンセンサスが確たるものなら、既に長い歴史の堆積によるソフト的資産がストックされた都市の市民のプライドと愛着を育むために向かうべき方向は、経済発展を最優先した都市開発を目指すことではないだろう。こと京都について、未来に渡って国際的文化都市で在り続けるためには、独自の都市文化を育てた基盤の維持と継承以外にない、文化とはにわかに造り出そうとして生まれてくるものではない、と僕たちは考えている。そしてまた、京都の都心部の活性化は経済力にのみ頼るものではなく、独自の都市文化の発信拠点としてのエネルギーによるものでなければならない、とも考えている。そのために最も必要なファクターは、都心型ライフスタイルの創造であり、それを担う人たちだ。 
市民が居住する地区こそが都市文化の苗床でもあり、その担い手である住民の生活がない街に文化的活力などありえない。だから「都心部空洞化」という現象を僕たちは非常に危惧している。都心部空洞化とは単に「居住人口の減少」という意味だけではなく、居住環境の質的低下・人的エネルギーの枯渇・荒廃化を意味し、結果として都市文化のソフト的資産の散逸を招いてしまう危険性を潜在させているのだ。同時に、だからこそ都心部に住居の床面積さえ確保すれば、居住人口さえ導けばそれで良し、とする発想も未来の理想の都市像から大きくはずれるものだということも強調しておきたい。
都心部は商業の拠点、居住区は郊外に移して商業・オフィス街と分離、という風に、合理性を盾に都市を機能別に再構成してきたのが戦後日本の都市計画の主流的思考だったが、都心の単一機能集中は都市の様々な問題の原因となり、その活力を低下させるものだったという反省が生まれ、一部の大都市ではその都心部への居住者再誘致が試みられている。現在のところ都心居住推進が重要な問題として取り上げられているような大都市圏の状況はそのまま京都には当てはまらない。ビジネス街と居住区の分離がくっきり明確と言える程ではなく、四条烏丸近辺でも夜間人口ゼロにまでは至っていない。しかし、袋路を中心に都心部空洞化は確実に進行しており、50年後には都市構造が決して望ましからざる姿に変化していない、とは言い切れない。
現在、都心居住対策としては「袋路」対策が主体に考えられているが、実はその内容たるや集合住宅化促進にとどまっている。都心部の高層住宅街化による居住床面積の増加という発想では物理的解決にはなっても、文化的都市の未来像という視点を欠いた解決法でしかない。都心部住民のコミュニティの重視、若年世代の都心部居住推進のためにも都心部住民の生活拠点としての「暮らしやすい」環境整備をおざなりにはできない。居住区としての質の低下は、市民の意識において都心部に対する、生活の場としての評価の低下につながり、その解決にはハード/ソフト両面からの対応が必要だが、従来、これら都市問題の解決策として前者からの対応のみが重視され、後者については軽視されがちだった。僕たちは、あえてソフトがハードをリードする形が、理想的な都心部の居住環境整備に必要だとアピールしよう。まず、この居住空間を近隣コミュニケーションという一面から見て再評価を加え、住民の生活感覚・情緒を優先した再生の可能性を検討したい。以下、本章では概略を述べるに止め、詳細は次章以下で検討してみよう。

  • 都心部町家とライフスタイル

繰り返すが、都心部の居住床面積を重視するあまり、高層集合住宅が通り沿いにびっしりと建ち並ぶ状態になることは何としても避けたい。木造の町家が老朽化している状態を鑑みると、50年後にはその街並の大半が姿を変えていることになるだろうが、高層集合住宅の林立は景観として殺風景、そして何より居住者にとっては生活様式の連続性の断絶、市民コミュニティの面でも障害が生じるものだ。これこそ最大の問題とされるべきだ。
市民の生活的感性が反映した京町家の特徴として近隣コミュニケーションとプライバシーの絶妙の区分がある。逆に集合住宅の欠点の一つに、従来の住居や生活様式の地域的特性を生かしていない点が挙げられるだろう。住宅設計とは本来、住人のライフスタイルや感性に合わせてなされるべきなのだが、集合住宅では設計に住人がそのライフスタイルを合わせることを強いる面がある。地域住民の生活様式が反映していない構造の住居が旧来の町家を駆逐していく状況は、都市生活文化の地域性を失わせていく方向へ進んでしまった実例と言える。ゆとりや近隣とのコミュニケーションといった生活のクォリティーへの配慮が不十分な、機能的な住居の集合体でしかない建築が居住床面積のみ拡げたとて有効利用とは言えないだろう。
50年経って人々のライフスタイルや感性にはそう大きく変わらない部分がある。生活のやみくもな近代的合理性より、地についた生活感性を尊重する住宅こそが未来にも評価されうる住宅ではないのだろうか。その上に新しいライフスタイルが創造される、と信ずる。町家を現代風にリファインするならば、同時にこの生活感覚を設計に生かす工夫をすることが何より必要であるはずだ。
加えて、景観による都市のアイデンティティ表現は過小評価できない。現代的な急こう方法による集合住宅化はやむをえないが、外観に木と瓦を生かし庭や路地との調和を保ついわゆる「町家型共同住宅」と呼ばれるデザインのものが結局は京都にふさわしい。現在の上京区・中京区の大通りから内へ入った市中によく見られる、木造の古い町家と貧相な小規模ビルが混在する街並はお世辞にも美しいとは言い難い。個々の事情はともかく、こういう市中に住むことに慣れてしまうと景観美に対する感覚も鈍ってしまうものだ。現状が「都市の成長に伴う必然的進化過程」などと都合良く追認されない内に景観指導を強め、その意図を市民に徹底し、50年後にはまとまりのある街並みに戻すように徐々に進めていくのがベターだと思える。

  • 交通システムの問題

都市の居住環境を改善する上で交通環境整備・改善は後述する市内の産業にもかかわってくる問題だ。京都の街区構成は自動車中心の交通網には不向きな構造であるが、市民生活環境を優先して考えると、都心部住民の生活のためには自動車の通行を禁止してもダメ、自由にしてもダメ。単純に道路拡幅、あるいはやみくもな総量規制へ向かう発想はこれまた当面の物理的解決法でしかない。商用車と自家用車、「軽」や「原付」と「大型」「路線バス」が何の区別もなく市内のすべての道路を埋めつくしている現在のシステムは早急な見直しが迫られている。自動車のメカニズム自体の進化に裏付けられた交通法規の変化も含めて、居住区と駐車スペースの合理的に共存する組合せ、パーク&ライド方式、時間別車両通行規制のような複合的システムの導入など、安全と機能性の観点から都市交通システムを再検討する必要がある。最も重要なのは「自動車への全面的依存・最優先意識」という市民の固定観念を改める環境を整備していくことだ。


  • ハンドクラフトによる都心活性化

さらに、京都らしさを生かした文化・産業的パワーアップのために、各分野のハンドクラフトワーカーの活動する街、手工芸品製作技術の集積地としてのレベルアップのための都市づくりも提案したい。京都は様々な美術・工芸品の作者の仕事場が市内各所に点在する「ハンドクラフトワークの街」である。大量生産製品に支えられている現代でも手工芸品の需要は根強くあり、また今後とも絶えず求められ続けると思われる。しかし現状は人件費高騰、需要のジリ貧などからコスト低減を求めて生産拠点は市外へ、海外へと移すものが増えている。このような「職人産業」を京都ならではの代表的産業として位置づけるならば、“Made in 京都”製品の品質とブランドイメージ、生産量の向上を図ることは重要な意義を持つことになる。何より人材を育て、活躍できる環境を整えること、これが最も重要だ。地場のクラフトマンの仕事環境を整備することはもちろん、他地方のクラフトマンが京都へ仕事場を移しやすいような環境を準備する。、さらにクラフトマンの育成環境・教育システムの充実も当然必要になってくる。都心部において「居住区」と「手工業生産の場」が混在という都市構造から工芸・芸術の分野において秀でた人材が育ち活躍する環境が整えられることになるし、販売面においても「京都」のブランド・イメージをより活かすことができる。
これらの産業に期待するのは京都を経済的大都市化するパワーではない。美術・工芸が身近な存在に感じられる雰囲気の都市に住んでいる、という住民意識の喚起をこそ期待したいのだ。これは、現在でも京都はそのような空気が充分に感じられる都市であるが、未来にもこの姿を維持し、より一層その力をアップしていくことに将来の京都の文化・産業的活力と都市の個性創出の可能性が隠されているのではないだろうか。
僕たちは京都の未来の理想像が、必ずしも人口・経済力などの面で大都市化することにあるとは考えていない。適当な規模と快適な居住環境、芸術性豊かな工芸製品を生産し、個性的な人物の活動拠点、といった都市を目標にして長期戦略を計画することが真の文化発信都市の実現につながる、と考えている。その実現に向けて独創的な都市環境づくりが求められる。50年後の京都を見据えた、以上の視点にたって次章以下で詳細に検討してみよう。


2. 現状分析


  • 都心部人口空洞化および高齢・少子化

1965年と1995年のデータから市内の人口動静を見てみよう。
市内の人口は136.5 万人(65年)から146.4 万人(95年)へと漸増しているものの、都心4区(上京・中京・下京・東山)で人口の減少が著しい。一方、世帯数は増加傾向にあり、この10年間に53.3万世帯(85年)から57.9万世帯(95年)に増えている。ただし1世帯あたりの人数は2.73人(85年)から2.47人(95年)へと減少しており、つまり単身者や小規模世帯が増加していることを示している。
また、高齢化・少子化については、市内人口を年齢別で見ると15〜65歳の人口は100.7 万人(65年)から104.8 万人(95年)に対し、14歳以下は27.1万人(65年)から20.2万人(95年)へ減少、65歳以上は8.7 万人(65年)から21.5万人(95年)へと大幅に増加している。
都市政策面から見た、都心部空洞化のデメリットとしては、
・商業施設などの都市型サービスの機能低下 ・既存社会資本の不効率・遊休化 ・ラッシュアワー時などの都市交通問題の深刻化 などが挙げられる。空洞化対策の目的は当面の都市が抱える問題、つまり防犯・居住区のスラム化・都市の公的資産の不効率化などの解消、という点が重視されている。 しかし、「都市文化」を尊重する視点から空洞化した都心部を見る時、単身者などの住民の地域への無関心、コミュニティの空白地区での子供の教育、伝統行事の継承、など都市文化の不毛化への一途を辿ることこそ大きな問題として重視したい。 ここに用途地域制の限界があり、それを推進した従来の都市計画のミスリードがあったのではないか。
高齢・少子化社会の弊害として、
・生産人口の減少 ・高齢者・子供の面倒を見る社会福祉機関への負担が増加 などが挙げられるが、都市においては人的パワーによる活気の減退を何より大きな問題として挙げたい。少子化現象の一例として、ここ4年の間に上京・中京・下京の3区で計27校の小学校が統廃合の対象になったことは市民にも身近な「事件」として受け止められた。京都では小学校通学区が住所に準ずる意味を持つほど、明治初頭以来、地域のコミュニティの核的施設として機能してきた歴史があるのだが、少子化による地域都市構造の変化からもはや都心部住民の地域コミュニティも従来のスタンスの再考を迫られている、と考えるべきだろう。

  • 都市を形成するハードの問題

家屋の老朽化 いわゆる京町家に関する調査(京都府立大学の宗田好史助教授)によると、東西は河原町通〜大宮通、南北は五条通〜丸太町通の範囲内で約7,800 棟、大半が築後50〜60年以上は経過しており、老朽化が進んでいる。対象となった町屋の住人からの聞き取り調査では、その利点として「落ち着く、四季の風情が感じられる」など心理・情感に訴える部分が、短所として「暗い、空調の効率が悪い、維持費がかかる」など物理的理由が主に挙げられた。
老朽化対策として、対費用効果を含む生活の利便性を考慮した保存修復という手法がまだ確立していない。加えて地価や税制への対策からオフィスや住居など各用途のビルディングに建て替えられる場合が圧倒的に多く、これが都市景観を歯止めなしに崩していく最大の原因になっている。伝統的な雰囲気や味わいを尊重した「町家再生」を試みた例も現れ始めているが、いかんせん全体から見ればまだまだ一握りの動きであり、しかも商業用途の店舗がほとんどで、住居としての再生例はまだ少ないようだ。

災害に弱い都市
上記の通り、木造家屋の多い市街地では火災・地震などの災害に対して弱い面は無視できない。最も問題になるのは京都の都心部独特の都市構造の一つ、いわゆる「袋路」だろう。最近の調査では上京区だけで約850 ヵ所あり、区の全世帯の14%、約5,000 世帯が住む。都市型居住環境として機能的評価は決して低くないものの、路地内の大半は老朽化した木造家屋であることから、防災については極めて条件が悪い。都心4区(上京・中京・下京・東山)で袋路の数は3,000 〜4,000 と見られているが、そのほとんどが幅員2.7 m未満で、接道基準に満たないことから建て替えが難しく、老朽化と防災の両面から対策が必要とされている。
都市交通の混雑
京都市街地の交通面の特徴は ・他の大都市に比べて鉄道への依存が低い ・自動車による1発集中量あたりの道路面積は7.2で他都市より低い などだが、中小企業が集中する室町周辺などに顕著なように、業務用車が終日行き交い、慢性的に起こる交通渋滞は物流・生産性に支障を来し、システムとして非合理的だ。また住民にとっては幅員の狭い道路での歩車混在は危険であり、都心居住の障害の一因を担っている。

  • 京都の街並とコミュニティの成立分析

通りや路地に面するコミュニティの発生

京都の市街地では平安遷都以来、現在に至るまで当時の町割を踏襲している。正方形ブロックを単位としていたが、近世以降、地域の生活単位として両側町と呼ばれる道路を挟んで向かい合ったエリアが一つの町となっている。「お町内」には住人が共有する空間がいくつもあった。例えば通りの交差点「四つ辻」を見ると、塵溜め、機土門、番小屋、地蔵堂などが集中して配され、町会所があった。また共用空間の維持、管理円滑な共同生活を支えるための規範として町式目を定めていた(特に流動の激しい所では成文化されていた)。生活規則を確認しながら共同生活を行うという形態は、京都においては受け入れられる素地を持っており、このような共同利用ユーティリティを設けることは京都の気風に溶け込みやすいと考える。

伝統的京町家

京町家は地域コミュニティやプライバシー保護といった面で優れている。この両方を兼ね備えた工夫は最近の住宅にはないものだ。住戸が互いに隣接しながらも個別的には簡潔性を持っており、その世代的積み重ねの中で、濃密化させず深く入り込まない近隣関係、節度を踏まえた「お付き合い」の方法が蓄えられてきた。町家型共同住宅においてはプライバシーを確保しながら共同空間を造り、共同性を維持することが重要だ。
また和室の特長である可変性をフルに生かした間取りは各季節・様々なオケージョンに適宜対応できる。これは伝統行事を守る環境の一つとして機能していた、とも言える。年月が経つと一住戸の居住人数も変化し、家は狭くなったり広くなったりするものだ。近隣地域で簡単に住み替えが可能なシステムができれば、都心部からの人口流出も少しは食い止められるのではないか。
一つ一つの部屋は広くなくとも、むしろゆとりのある空間に感じられるのは庭とのつながりだろう。中庭・坪庭はびっしり建て詰まった市街地の中で一定の居住環境を確保する仕掛けである。採光と通風のみならず人間の心理面にも大きな影響を与えている。物理的な面を追い、有意義な無駄を無くすことはストレスのたまる社会を作り出すことにつながる。
また、概ね平屋で構成される「はなれ」が加わった町家敷地の奥、あるいは裏部分の低密度利用空間が隣合い、連担することによって都市部の街区環境を維持し、調整してきたことも指摘したい。

伝統産業

京都は神具・仏具・陶磁器・漆器・染織・料理・菓子など職人産業による「ハンドクラフト」の都市という一面を持つ。しかし現段階において、既に京都の手工業の工程はかなりの割合で京都市域外へ流出している。これは第一に、大量消費時代以降の量産化に対応するもので、第二に土地投機の対象となり地価上昇があったためだ。また若年人口の流出から全体的に高齢化傾向が進んでいる。さらに伝統的織家造りの家屋も量産化への対応に加え、家族意識の変革に伴って変化しているようである。このことは独り伝統産業のみにとどまらず、京都市全体の問題である。人口・産業の空洞化と根を同じくする問題である。 このように京都の産業構造と空洞化の問題は密接なつながりを持つものだが、これらの産業構造の変化は社会および経済情勢の変化に対応すべくなされた、必然的成り行きであったことも事実なのだ。現在のままの経済状況の元で従来のままの経営戦略をとり続ける限り、生産体制の改革を図ることは困難であるのみならず、意義薄いものとなってしまうのだ。
今後の「京都」の経営戦略を考える上で軸になりうるべき点は
・京都のブランドイメージをいかに活用するか。独立専門業者が主体での地域内分業という生産システムは、多品種少量生産に向いた形態で、「京都ブランド」のステイタス化を目標にした戦略が可能。 ・有機的な都市の再構成(福祉・医療・教育などの有機的・総合的共同体復権のモデルとして) ・地縁・血縁にこだわらない職住一致。姻戚関係に基づく血縁共同体的性格は現在では薄らいでいるようではあるが、閉鎖的な性格があるようにしばしば見られる。土地利用上の制約はあるが、産業と直接的な結びつきが副次的な「芸術家村」のような発想も、実現の可能性を含めた土壌を整備していくことも望ましいと思われる。
このような「職人産業」の活性化は、同時に都心部の文化的空洞化への対応効果としても重要と言える。


3. 21世紀の京都への提言

  • 都心部居住の必要性と魅力

概論で述べたように、京都の都心部の活性化には、企業や産業を誘致するより人口を誘致することを考えたい。ここで都心部居住について簡単にまとめておきたい。
住民側から見た都心居住のメリットとしては、
・都心部型ライフスタイル、すなわち都市文化享受が可能 ・職住近接のメリットがある などが挙げられるだろう。
ただし、これらは夜間人口がゼロに近くなる都心ビジネス街と郊外ベッドタウンが距離を隔てている大都市においての問題として浮上しているものであり、京都の現状に当てはめて考えてみると、ビジネス街の中心である四条烏丸付近でも生活密着型施設(市場・学校・病院など)がまだまだ充分機能していること、したがってオフィス・商業地区と居住区がはっきり分化していないことなどから「まだ比較的マシ」と言えるかもしれない。とは言え、若年人口流出と、その結果としての居住者の高齢化は確実に進行しており、このままでは都心部の居住地区としての荒廃は遠い話ではない。
若年人口流出を食い止め、さらに都心部へ人口誘致を図る方法として
・住宅費の軽減 ・病院・託児など福祉施設の充実 ・日常生活に必要な店舗・サービス施設の充実 ・交通安全や治安の良さ など、地域の日常生活の上で要求される条件が挙げられるが、京都においての都心部人口回復の第一の目的である「都市文化の興隆」のためには都心部型ライフスタイルの創造と享受に意欲的な20〜30歳代の世代の居住者を惹きつける魅力がほしい。本コンペティションの参考資料によると若年層の都心部居住意向は高いようだ。彼らこそ労働力の中核であると同時に都市の魅力的な部分の創り手・送信手であり、担い手でもある。しかし実際に都心居住推進策が効を奏したとしても、人口集中が地価・住居費高騰を招き、居住者が比較的高額所得者中心になり、逆に高齢者を追い出す結果を呼んでは、これもまた活性化の矛盾として望ましいことではない。自立的に管理・維持されるようなコミュニティの形成による都心部再生を目標とするなら多様な世代の住民の生活が混在する街でなければならない。若年世代の住みやすい条件を整えると同時に高齢者がそのまま日々の営みを続けていける環境を整えることが絶対必要だ。

  • スケルトンとインフィル

市街地の高密度・高機能化を図るための中高層化は不可避の現実であるが、個人の負担により個別に建物を建てていたのでは私有地内での単体建築しか成立しない。建築基準法上の集団規定を適用して建設を進めても、一団の建築からなる街区をとらえた時、社会的に適切な環境となる確実性に乏しいばかりでなく、所有者にとっても規制の重さが事業や居住性の負担となっている場合が多い。日照権、税金問題、容積率、防災問題、交通問題…即座に思いつくものでも枚挙に暇が無い。殊に美観的な配慮まで行いたい京都市街地では、なおその悩みは深い。
ここでは、立体街区を街区単位に計画的に提供することに可能性を求めたい。これにより日照権や町並み景観保護、交通問題、防災対策を始めとする多くの社会問題は街区を単位とする巨視的観点から制御可能であり、より合理的解決策が策定できるとともに、生産系や居住区の効率的な開発を行うことができるだろう。良質な都市基盤を社会資産として後世に末永く提供していく為には、個人の裁量を超え、巨視的に制御をする必要がある。ここに、立体街区の開発はこれまでも大都市においては再開発事業として民間企業や、行政から提供されてきた例を見る事ができる。しかし、開発母体の思想により一方的に進められてしまっており、必ずしも、地域住民の意見や個人の意見が大きく反映されなかったといえよう。個人の裁量部分と社会的規範による裁量の区分はとても繊細な問題であるが、立体街区をなす人工地盤の形成およびライフラインの構築(以下、スケルトンと表記)は、公的機関、市民団体、或いは民間企業など社会的組織により企画、運営され、内部空間の建設(以下、インフィルと表記)は個人においてすすめる手法はひとつの解決策となるであろう。
こと、スケルトン部分については開発母体として市民の意見を大きく反映するための開発母体の組織化として、コミュニティをベースにしたNPO(後述)を中心とした開発手法を確立していく事により大きな効果をあげられるであろう。これらの開発手法を支える企画評価団体(公的機関・コンサルタント・学術機関)、開発実務集団(不動産・設計事務所・ゼネコン)、融資機関(公的機関・各種金融機関)などの、組織化を標準化する事が、良質な社会資産を形成する重要な要素ともなる。
京の町並 京都の街中では歩くほどに多様な店舗施設に出会い、仕事に勤しむ光景に触れることができるなど、通りに都市の暮らしや活動性がにじみ出し、これが広い範囲に亘って展開している。各戸の一階部分は外から見られることが意識され、通りに沿う「店の間」のデザインや演出が行われることにより、一層華やいだ雰囲気が作られる。このような「地域に開かれた建築」が市街地を覆っているという京都の独特の構造を継承していきたい。通りの賑わいや多様性のある景観を確保し、創出することによって人々の歩行が促されて街が生き生きしと活動し、またこれが街通りにおける防犯性を高めることにもつながっていく。 
切妻平入りの屋根、深い軒庇と格子のある壁面、このような町家の連続体としての街並が都市の風景を作り出しているということが重要であり、各々の個性を消さない程度に素材・色調・形状の調和を図ることが必要である。

  • その他

さらに以下の点については将来像を策定するにあたって、避けて通れない一般的な都市の諸要素であろう。 情報インフラ コンピューター、インタ−ネット等の通信技術の一般化・大衆化により、情報の処理、入手は企業のみならず一般家庭でも可能になり、有効に利用されるようになった。これら情報インフラは今後更に整備されることとなるだろうが、SOHO等の会社・生産形態がバックアップされていく社会的基盤が必要となる。情報を操作することによって生産される物が、流通体系や生産システムを介してとして効率的に社会に還元される仕組みを作る必要がある。 企業形態の多様化 大企業のリストラ、レイオフ等にみられるように、日本の独特な大会社終身雇用制度は転換期にきている。各人のもった技能を社会に役立てられるように、小単位で個別に事業化できるような仕組みが必要である。 また、低コスト・効率的な生産をサポートする社会の仕組みを成立させることが必要となる。 高齢化、少子化社会への対応 高齢者が自力で生活出来るような安全で生活しやすい社会の仕組みを作る必要がある。また、自力で生活できない人のために、適切な社会福祉を提供する社会を作る必要がある。 子どもが学校だけでなく生活の中から様様な事を学び取れる社会の仕組みを作る必要がある。仕事、生産という行為が身近にあり、社会の知恵を生活の中で伝えていけるような、職住一致環境が必要である。 生産人口の総数が減ってくる以上、社会福祉に過度の労力を割かなくてすむような効率的な社会を作る必要がある。 高効率社会を支えるシステムを成立させるインフラの必要性。 道路交通事情を改善し、生産・サービスを支える基幹物流(資材・生産品・廃棄物の搬出入)を促進する必要がある。 老若男女安心して住める生活圏での安全な歩道が必要である。 広場、公園、フィットネスセンター、プール、コミュニティ形成の場を提供して、人間関係の形成に役立てる事が必要である。 特徴と時宜に応じた選択性を持たせて、退屈さを排除すると同時に、過度の集中を避ける必要がある。 車を抜きにした生活は考えられないのだから駐車場も公共的な力によって整備する必要がある。 体系的なライフラインの構築により、維持管理の簡単な町とする必要がる。 環境保護システム コジェネ、蓄熱層、太陽電池、地域冷暖房による省エネ型設備の展開を行う必要がある。 植栽などを適切に配して、ヒート現象などに歯止めをかける必要がある。 廃棄物、ごみ処理施設を検討すると共に、サーキュレーションがうまくいく物流の仕組みをつくることが必要である。 防災都市機能・避難経路・避難場所の整備 耐火・耐震構造物により災害に強い町を作る必要がある。 防災性のあるライフラインの構築により、災害に強い町とする必要がある。 広場、公園などの避難場所の確保が必要である。 袋地の危険性を解消しサーキュレーション(防災機能・機能性)のある町とする。 居住空間への要求の多様化 世帯規模は小さくなっているが、家族形態の多様化は実に様々な要求を生み出しており、単純に小規模住宅の供給でこと足りるわけではない。核家族化・若年層単身世帯・DINKSの増加、職業の多様化・収入分布の多様化・複数世代の同居。これらの要求に対する柔軟性を備えたハード的機能の構築が必要とされる。


4.市民まちづくりにむけて:NPOの活用とパートナーシップ、住民参加

私たちはまちづくりのコンセプト決定から計画の進行において、住民主体のNPOに大きな可能性を見ている。これまで都市計画・まちづくりの場面には都市計画の主体である行政(国・府・市)と地権者(あるいはその代理人としての不動産業者)やデベロッパーという主体しかなかった。つまり、都市開発で影響を受ける周辺住民などは潜在的なまちづくりの主体として存在するほかなかったのである。このようなシステムが住み続けられる都心部のまちづくりを阻害していた面は否めない。
規制型の都市計画と、利潤追求の民間開発だけでは、魅力ある都心居住を演出できないのである。そこで、私たちは、近年欧米で盛んになりつつあるNPO(民間非営利団体)を中心とした市民まちづくりを、このプランの実現の基礎におきたい。
レスター・サラモン氏によれば、非営利セクターとは、フォーマルな組織、非政府性、非営利分配、自己統一性、自発性、公益性の6点を特徴として持つ。ここに私たちは、コミュニティに基づくという性格を加えた組織を念頭に置いている。つまり、都心部の老朽化した居住環境の更新に際して、ブロックごとや行政区ごと、いろいろな空間の単位が考えられるが、地域住民、企業を主体としたまちづくり会社(NPO)をつくり、これを行政がオーソライズする形でまちづくりをすすめていく。
具体的なプロセスとしては次のようなことが必要となるであろう。まず、行政側にNPOに対する様々な支援策が必要である。これは、現在国会で審議中の市民活動推進法案の内容によるだろうが、市レベルでも、専門家派遣、事業費や運営費への援助、NPOへの寄付に対する税控除などを独自に進めていく必要があろう。また、都市計画決定過程において、住民が参加できる機会を制度的に保障するべきである。都心部のまちづくりについてはとりわけ、まちづくりは基本的に市民のものであるという認識を持ち、都心部住民のまちづくりを側面から支援していくという姿勢が求められている。また、住民側には、単に住宅を立て替えると言うだけでなく、自分の住んでいる地域をどうするか、といったまちづくりの視点が求められることになる。
このようなまちづくりを進める仕組みをもう少し具体的に構想してみよう。まず、地域コミュニティに非営利のまちづくりNPOを設立する。市の政策としては、これらのNPOを支援する政策を整備していくことが必要である。NPOに対する企業の寄付を課税ベースから控除するなどのことは、全国的な制度として確立されるであろうが、京都のまちづくりにおいて、NPOとの公共−民間のパートナーシップを適切に進める仕掛けが必要である。ただし、これは単なる「民間活力の活用」ではない。公共目的のために、民間のリソースを活用することであり、力点は前の目的の方におかれるべきである。一例として、アメリカの都心部再開発で行われているライトダウンのような制度が必要だ。これは、都心部の場合は、私たちのプランのような開発よりも、オフィス主体の業務系、商業系の開発をデベロッパーは先行しがちである。これは、コストとベネフィットを秤にかける営利企業の立場からは当然である。この際、市が用地を買収し、その買収価格より安い価格で、デベロッパーに払い下げる、これがライトダウンの手法である。その際、デベロッパー側に、公共目的に沿ったプランによる開発を義務づけるのである。
私たちの構想では、このデベロッパーに地域住民を主体としたコミュニティベースのNPOを位置づけているので、市はより低い出費で公共目的を達成できるであろう。しかも、その公共目的をその地域住民とともに形成することで、権利関係の調整などのコストをより引き下げることになるであろう。住民側は、個々の住宅だけでは実現しにくい、快適で機能的な、かつ人間的なヒューマンスケールのコミュニティの再生を図ることができ、市行政側は、より少ない出費で公共目的のまちづくりを実現できるというメリットが生まれる。
まちづくりNPOは、私たちのプランで後述されるスケルトン・インフィル構造の立体街区のモデルを下敷きとしながら、地域の実情に応じたプランを住民の意向を聞きつつ、作成し、そのプランへの誘導を図っていく。また事業主体として、立体街区における半公共財として位置づけられるスケルトン構造の供給主体となる。これを個々につくるのではなく、半公共財、いわば地域の社会資本として位置づけ、NPOという半公共的な供給方法を活用することで、効率的な地域社会を構造化できるのである。スケルトンの部分は、基本的に個々の居住者の手によるが、ここでも、NPOによる供給や、地域住民と市との建築協定、もっと進めて私たちのプランは地区計画の対象ともなりうる。これらのような都心居住を維持していく仕組みが必要である。また、街区に設置される共同利用施設の活用や管理にも、コミュニティベースであたるという発想もコミュニティ再生のためには不可欠である。
この受け皿として、まちづくりNPOは、事業主体としての性格と同時に、地域住民の生活を維持・再生するための政策を形成するアドボカシー機能をも持つ必要がある。つまり、地域住民の要求を、NPOとタイアップした専門家(法律家、建築家など)のアドバイスを受けながら、政策にまで高め、事業として実現したり、市行政に対して政策化を要求するなどのことである。京都には豊かな住民運動の経験があるが、このエネルギーを対立型の住民運動から政策提言型のNPOへ転換することで積極的に活用できるのではないか。
また、このような活動には資金、人材など様々なりソースが必要である。京都の祇園祭は、企業のフィランソロフィーや町衆のボランティアが基盤となっており、紀要としにはその素地は十分にあると思われ、市が適切な制度の整備をはかれば可能であろう。
また、これらのプランの実現については、行政側の対応も必要で、例えば、京都市は政令指定都市だが、行政区単位に区のまちづくり計画を策定し(あるいはもっと狭域の地区計画)、都市計画に関わる権限を行政区単位に移譲して行くなどの工夫が必要だ。すでに神戸市などでは、このような試みが進められている。

5. 新しい都市の仮説

ここでは前述した都心居住を推進する都市像の試案を、居住空間、共用空間、生産空間を内包する街区のシステム提案という形で具体化してみる。特定の形態ではなくシステム提案とすることによって、より個別の地域住民の要望に応じられるように弾力的な提案とした。モデルとして京都の典型的な120m四方の街区に相当数の住戸と生産施設を確保する計画を行い、京都の都市像の試案を作成している。この街区には、両側町的コミュニティ、町屋のパブリック・プライベートを巧みに区分する構成、袋路地と長屋による共同生活コミュニティ、伝統産業の保護など京都の独自性が巧みに挿入されている。このシステム内で個別の建築物のデザインを展開する上でも既視感を大切にした計画となるよう展開すべきであると思う。


相当数の世帯を計画するために街の中高層化を計画した。無秩序な中高層化による乱れを事前に防ぐために、適切な都市計画の下で立体街区を整備開発することを提案する。立体街区のスケルトン部分を地域社会などの意見を取り入れられる社会組織によって提供することにより、交通を制御したり、日照権を制御したり、地域冷暖房・蓄熱槽・コジェネなどの共有設備基盤の整備を行って省エネを図ったり、効率的なライフラインを適切に配置して維持管理の効率化や防災対応を図ったりするなど、現代都市の構造的な社会問題を事前に制御できる。そのため、個別の区域で個別に建築を開発するより、豊かな空間が形成されやすいと考えられる。同時に伝統的地域社会・各種社会活動と融合するように町家や路地などの伝統的な文化を踏襲することなども容易である。制度面ではコミュニティを中心としたNPOをスケルトン構築団体に組織化することにより、京都的な風習や建築的思考など地域事情を汲み入れることができるだろう。


以下に試案を概説する。

  1. この街区は都心居住による職住一致を可能とする立体街区を形成している。都市部の居住区として、良好な環境を形成するように、立体街区を構成する人工地盤、交通体系やライフラインはスケルトンという概念で社会的に提供される事を前提としている。各居住ユニットの空間(インフィル)の建設は各生活者によって施工されるが、これは様々なライフスタイルからくる住空間への要求に答えるであろうし、DIYやセルフエイドなど自分の手で作り上げる時流とも適合するだろう。
  2. この街区は生産・サービス系を内包する。ここでは大量消費型の大規模生産ではなく、都心居住区域と一体になることによりメリットの生じる、伝統産業型、知識集約型、クラフト・アンド・アート型、都市居住・就労者サービス型などが対象となる。地域社会に対する生産財・サービスの提供もあると思われるが、他の区域への出荷も可能な仕組みを持つ。そのため資材の搬入・生産物および廃棄物の搬出など、ある一定の物流をサポートする必要がある。この街区は北面に車道を持ち、これが街区中心部の生産・サービス系施設あるいは地下駐車場と直結する。インターネットでのSOHOにおいて受注・発注・集金などの管理を行い、それに伴って生じた物流・生産活動を効率的な交通システムがサポートする。

  3. この街区は高齢者や子どもが安心して住めるように地上レベルで歩車分離を行い、車の道路が生活圏の歩行者から完全に分離されるよう企画している。街区の東西は完全に歩道とし、両側町的なコミュニティを形成可能な安全な通りを確保する。南側には車道にそって歩道を設ける。これによりこの街区は東、南、西に歩道をもち、お町内的な地域コミュニティの形成を促進する。 既存の美しい町屋等はそのまま残したり、新規建築物は低層化したりして主要な通りの景観保護を行う。街区の中央部分で他の街区や住戸に日影の問題を生じないように中高層化を行う。その下部の日陰になりやすいところに生活サービス施設や生産用の設備を計画し、北側からの車による物流と直結する。
  4. この街区は更に街区の内側に浸透するように、京都の町並みの伝統的資産である路地空間を持つ。これは防災上安全なように、通り抜け可能な路地とし、また、適宜広場を設けている。この路地は空中路地へと展開し、各戸まで至る。この路地は回遊性をもち、多くの庭、プレイスポット、家庭菜園、防災避難所などの多様な可能性を持つ空中庭園と密接な関係を持つ。屋外、屋根の下、屋内、吹き抜け空間など様様な空間を通り抜ける。隣接する街区とも連なり、各街区の相互扶助を可能とする。 京都の伝統的ミュニティの基礎的概念である両側町を空中庭園と空中路地によって立体都市に再生し、高層住宅住人のコミュニティの醸成にやくだてる。プライベートとパブリックの空間を路地や中庭を適切に配置して関連つけるという京都の伝統的町屋の住環境の手法を空中に応用する。空中路地は、回遊性を有し利便性に優れるだけでなく、車のいない安全な空間、開放的な構成、経路の選択性に、様様な可能性を持つであろう。

  5. 駐車場は、歩車分離等を果たすために、街区単位でのパブリックパーキング整備を構想すし、スケルトンとして計画する。 街区は近隣レベルの結びつきの中で小生活圏の相互扶助を行う。診療所・公民館・派出所・幼稚園・小学校などは街区が連なった近隣地区レベルでその機能を成立させる。またこの近隣レベルの区域は更に上位の地域・地区レベルで結びつく。総合病院・文化施設・各種公的機関などがこの区域をサポートする。これらは一団の街区の地区となり、その地区の東西に走っていた一方通行の車道は東西南北に走る主幹線と結合する。

  6. 各街区は物流やコミュニティをを支えるこれらの地上の交通網とは別に、重層的に空中のなかに存在する空中路地と空中広場を併せ持ち、有機的に結合する。ある街区は歴史的社寺を中心に構成されているであろうし、ある街区は社会施設・行政機能を有している。また、ある街区は手工業が盛んな区域となるであろうが、これらの空中路地により自由な回遊性を持つと同時に有機的に結合する。 これらの交通システムは京都の市街地を埋め、更に、観光産業、主産業を支える環状産業道路により京都市街地の交通体系を構築する。

  7. 景観上の配慮 古い町屋などは保存するような配慮を施す。 壁面のデザインの統一性や連続性を大事にする。また、ひさしの突き出しで壁面に陰影を与えるなどして町並みを情緒豊かなものとする。 道路の幅員と建築物の高さの環境に配慮し、同時に京都の町並みの醸し出している親密さ、ヒューマンスケールの感覚を大事にする。 勾配屋根を設ける。3回以上の建物を通りからバックさせる。 通りに面して1階にミセを設ける。 既存の通り空間と共存できる街区空間を構成する。 通風、採光にすぐれる中庭を活用し、高密度化を行う。




おわりに

以上、僕たちが描く未来の京都の都心像について述べてきた。
本コンペティションに応募を決めて以来、僕たちは何度も京都の街中を歩き、ディスカッションを重ね、そして「独自の都市文化」の継承を最優先課題とした都市再生が行われなければならないと再確認した。早晩、この都心部に大幅な改造が求められることになりそうだが、京都のアイデンティティを尊重し、生かす方向へ向かわなければならない、と信じている。この提言は歴史的都市文化を継承するための先進的な実験だ。現在、都市としての哲学や羅針盤を見失っている、そのおかげで、市の現状が必ずしも市民にとって望ましい方向へ進んでいるとは言い難いのだが、「人間は以外に健全よ、信じなさい」と楽観することにしよう。

参考文献

島村昇、鈴鹿幸男、他:京の町家. 鹿島出版会、1971 中條毅:経営労務の近代化. 三和書房、1972 片方信也:西陣、織と住のまちづくり考. つむぎ出版、1995 住生活研究所編:甦る都市;職人のまちから新しい市民のまちへ. 学芸出版社、1995 京都市都市計画局都市づくり推進課編:新版町家型共同住宅設計ガイドブック. 1996 都市居住シンポジウム開催委員会編:都市居住の課題と展望. 学芸出版社、1996 大野輝之・ハベ=レイコ『都市開発を考える』(岩波新書,1991年) レスター・サラモン(入山映訳)『米国の「非営利セクター」入門』(ダイヤモンド社,1994年) 小林重敬編・計画システム研究会著『協議型まちづくり』(学芸出版社,1994年)

登録番号1700
登録者代表: 森竹敏朗
共同提案者: 辻野隆雄 柏原誠 近藤みどり 鷲原知良