マヤからの声

森竹敏朗


眠れぬ夜に思う。

日々の生活の雑踏や喧騒、人間関係に煩う傍らで、新しい文化や人・環境に遭遇する事を求めている自分がいる。まだ見ぬ世界に思いを馳せる夜がある。

そんな夜を過ごす人が他にいるなら、気安めに小さなエピソードを挿入しようと思う。

パンゲアという大陸をご存知だろうか?

地球の7つの大陸は、その昔パンゲアという大陸が地殻変動のため分裂し漂流し、現在の位置に落ち着いたのだという。世界地図をぐっと睨むとそのちぎれた跡が見えてくる。

アメリカという国が欧州人により建国され現在に至る話は衆知の事実。それ以前に先住民がいたということを思い起こすのも難しくない。中米を中心にメソアメリカの各種文明が栄えていたのを思い出すのは歴史に興味があるほうだろうか?そして、その住民は遠い古の時、パンゲア大陸を通じて現在の東南アジアからアラスカを通ってアメリカ大陸を南下し、そこに文明を築き上げた民族だという説があるのをご存知だろうか?

僕は建設工事のため暫くユカタン半島の先のカンクンという街で生活した。そこで先住民たちと一緒に仕事をした。マヤ人、アステカ人。彼らは黒い髪だった。黒い瞳をもっていた。背は一様に低かった。彼らはよく働いた。

カンクンは20数年ほど前に、メキシコの時の権力者の発令の下、経済政策の目玉として開発されたリゾート地だ。小さな漁村に過ぎなかったその街も、20年後には巨大な観光地と化す。その街はユカタン半島を覆う深い密林・ジャングルの先に忽然と浮かぶ文明社会、まさに陸の孤島である。

僕は滞在期間中その環境にひどく魅せられた。ぎらぎらと光る太陽。白い砂浜に僕の影が真っ黒に映った。カリブの青い海の上にきらきらと光が踊っていた。サルバドールダリの緻密なシュールレアリスムの風景そのものだった。海風がわたり、亜熱帯植物がユサユサと揺れていた。青い空を白い鳥が自由に飛んでいた。ジャングルの藪の池からそそくさとイグアナがでてきた。マングローブの影でワニが大きな口を開けて眠っていた。

魅せられるままに旅へ出た。船に乗って島に向かった。マヤ人に出会った。カリブの海を体験してみないかと薦められた。彼は4本指だった。最初は自分の目を疑ったが、指がちぎれたというのではない。彼には最初から4本しか指がはえていなかった。僕は彼と一緒にクルーザーで沖へのりだして、青い海、どこまでも透明な海に潜り、色とりどりの熱帯魚のもてなしを受けた。すばらしいカリブの海だった。そして彼らはとてもいいやつらだった。帰国した後も暫く葉書をくれた。

僕は島を後にして陸へ戻り、ユカタン半島を廻った。そこにはマヤ人が残した多くの遺跡がある。チチェンイツァ、ウシュマル、パレンケ…。巨大なピラミッドがこのユカタン半島のジャングルの中に点在しており、進入していくと深い緑の密林の中から忽然と浮かびあがる。祭事施設をはじめ様々な都市機能も有していた。建設技術、数学、天文学、暦などの高度な文明。その趨勢と衰退。自らの滅亡を予言した民族。マヤには謎も多い。マヤ人は、人が血によって神に創造されたと信じ、神に新鮮な血を納めるため生け贄を捧げた。

廻る旅の中、ウシュマルというピラミッドを訪れた。そこで戦闘の神の偶像が祭られているのを知った。町の人が教えてくれる。その神には指が4本しかない。マヤ文明には近親相姦を尊ぶ風習があったという。それも血を尊ぶ信仰のためだろうか?近親相姦には奇形が生まれやすくなるが、その中でも指の足りない奇形が多いという。そしてその指の無い奇形を神として偶像化させていたのだ。

4本指の神。

そうだ、あの時カリブで出会った男はこのマヤの風習を現在に残す人物だったのだろうか?

このような人類学的な資料はメキシコシティの人類学博物館に多く展示がある。世界屈指の博物館だ。トルテカ、アステカ文明。メソアメリカに存在したいくつかの文明の中で、ある時期から好戦的な彼らが急激的に勢力を伸ばす。実りの源、太陽が翌日また活力をもって昇るよう、若くて活力のみなぎる人間の血を、心臓をささげた。民族内で競技を行い、勝利者は生け贄となった。強く高貴な血ほど捧げる価値があるという。やがて、民族内で臓器不足に悩まされる事になり、その帰結として、他の民族に侵攻し、心臓を求めた。

チャックモール!。

神事の施設の中心に座る男。手にもつ皿の上に生け贄から抉り取った心臓を載せて神に捧げていたのだ。彼はマヤ文明でも祭事場の中心に座る。

自分たちの種を長らえさせる為の工夫だと信じて、高度な文明をもちながらこのような手段を取っていた民族もあったのだなあなどと感懐に浸りながら、ある眠れぬ夜にふと気付いた。

50年ほど前に、青年たちに国家の為に死することを美徳と洗脳していた民族がいる!。

人の死の定義や臓器の提供の正当化を法律で実行しようとする民族がいる!。

パンゲアという大陸をご存知だろうか?

メソアメリカの民族はパンゲア大陸を通じ、現在の東南アジアから、アラスカを通ってアメリカ大陸を南下し、そこに文明を築き上げた民族だとする説をご存知だろうか?

マヤの持つ文字文化に、漢字と同様に偏(へん)と旁(つくり)があるのをご存知だろうか?

眠れぬ夜に思う。

僕らは一体どこへむかっているのだろう?