- 正常な摂食・嚥下。
- 摂食・嚥下障害。
- 摂食・嚥下障害への対応。
- 口腔ケア。
私達は,空腹をおぼえたり喉が渇いたり,
あるいは食欲がそそられると適量な食べ物や水分を口に運ぶ。
その食べ物を歯で噛み砕いたりすりつぶしたりしながら唾液と混ぜ,
食塊(飲み込みやすい形)にして飲み込む。
そして,この食塊は食道を通り,胃に送られる。
この一連の過程を摂食・嚥下という。
摂食・嚥下とは,食べて飲み込むという単純な動作だけではなく,
食べ物を食べ物としてみきわめる能力から始まり,口に運び。
噛み砕くなどの動作の能力,嚥下運動を行うための反射など,さまざまな働きを必要とする。
例えば,食べ物をみて食欲がそそられるには,
意識状態が鮮明でなければならないし,
空腹時に空腹を感じるには満腹中枢が正常に機能しなければならない。
また,食べ物をみて食べる物と認識するには,
視覚の働きだけでなく大脳皮質の働きも必要である。
さらに,食べ物を口まで運ぶには上肢の働きが必要であるし,
食べやすいように適量を口に入れるには口唇や歯の働きによって調整がされなければ
ならない。
このように,「食事をとる《動作をはじめ,摂食・嚥下にはさまざまな動作が
含まれているのである。
認識された食べ物が口中に入り,唾液と混ぜ合わされて噛み砕かれたり,
すりつぶされて作られた食塊は,口先から舌の奥へ運ばれる。
そして,嚥下反射が誘発されると,食塊は咽頭に運び込まれ,咽頭を通過して食道に送られ,胃に至る。
これは,大きく
①口へのとり込み→②咀嚼→③咽頭への送り込み→④咽頭通過→⑤食道通過の
5段階にわけることができる。
●口へのとり込み
口の中へ食べ物をとり込むのは,主に前歯と口唇で行うが,
とり入れる食べ物の形態によって方法が異なる。
固形物の場合は,大きい物は前歯で噛み切り,小さい物は箸やスプーンを使って
口唇でそぎとって口の中に入れる。
硬さのないべ一スト状の物もスプーンを使って口の中に入れ,
スプーンを抜きとるときに口唇でそぎとるようにする。
水や汁物などの水分は,ストローを使用したり,碗やコップに直接口をつけるなど,
いろいろな方法があるが,いずれの場合も口唇を閉じて行う。
口唇を閉じることができないと,口の中にとり入れてもこぽれ落ちてしまう。
●咀嚼
口の中へとり込んだ食べ物は、咀嚼して食塊に整えられる。
食塊を形成するには,歯。舌,口唇の動きに加え,唾液分泌が必要である。
食べ物は歯と舌で唾液と混ぜられ,噛み砕かれ,ひき潰される。
これらは口内の口唇に近いところで行われる。
咀嚼がうまくいかずに食塊が形成されないと,
食べ物をそのままの形で嚥下しなければならない。
●咽頭への送り込み
咀嚼された食塊は,舌によって奥の方へ動かされる。食塊が舌の奥へ動かされる
と,嚥下中枢が刺激されて咽頭に送り込まれる。
●咽頭通過
前段階で舌の奥側へ運ばれた食塊が嚥下反射によって咽頭に送り込まれるのは一瞬で、
正常な嚥下反射であれば1秒以内で食道に送り込まれる。
嚥下反射とは,脳が食物を認識して飲み込むように指令を出し,
無意識のうちに反射的に一連の嚥下作業が行われることである。
食塊が咽頭に送り込まれると,まず鼻咽喉が閉じて食塊が鼻咽頭に入るのを防ぐ。
同時に声門(気管)が閉じて呼吸が止まり,気管への誤嚥を防ぐ。
声門が閉じると食道入り口部が弛緩し,舌根は咽頭後壁に押しつけられ,
咽頭内圧が高まり,咽頭の蠕動運動とともに食塊は食道に送り込まれる。
●食道通過
食塊が食道上部に達すると,声門が開いて再び呼吸が始まる。
食塊が食道に送り込まれると,逆流しないように食道括約筋が緊張して食道入り口を
閉鎖し,食道の蠕動運動によって食物は胃に送り込まれる。
摂食・嚥下障害には,食事をしようとする意欲の低下や,
食べ物を嚥下する調節機構の問題など,さまざまなものがある。
また,運動機能や意識の低下によって正常に摂食・嚥下が行われないだけではなく,
中には一見普通に食事をしているようでも嚥下反射が正常に働かず,
無意識のうちに誤嚥していることもある。
高齢者によくみられる摂食・嚥下障害には,以下のようなものがある。
●摂食困難
高齢者が摂食困難に陥るのは,脳血管障害によることが多い。
脳血管障害とは,脳に血液を供給している血管が動脈硬化などで詰まったり破裂して,
脳の機能が障害されることを指し,脳卒中(脳梗塞,脳出血,脳血栓など)がそれに当たる。
摂食困難には,大きく分けて次の2つの要素がある。
①食べるための運動機能の低下:
障害によって上肢,体幹,頸部の運動機能が低下していることにより食べ物を
口まで運べない。
②認知力の低下:
視空問失認のために特定の皿からのみしか食べない,
食べ残しが多いなど偏った食事の仕方をすることがある。
また,食べ物を認知できずに食べ物でないものを食べる異食,
健忘があったり満腹中枢の機能上全で食べても満腹にならないことによる
過食などがある。
●咀隠困難
口に食べ物をとり込むときにこぼれ落ちるのは,口唇がしっかり閉じないために起こる。口唇の閉鎖に障害があると,
食べ物をとり込むのが難しいだけでなく,口内に食べ物を入れてもこぼれてしまう。
また,硬い物が食べられない、うまく噛めないなど,咀嚼が十分に行われない場合もある。主な原因には,虫歯などで歯が欠落していたり,
義歯の咬合が合わないなど歯が原因のものと,噛むために顎関節を動かす筋力・舌の動き・唾液の分泌の低下など,
加齢や障害による機能の低下などがある。
口の中へとり込んだ食べ物を食塊に整えるのが難しいと,食べ物を丸飲みすることになる。
●飲み込み(嚥下)上十分
嚥下上十分の原因には,
①咀曙力の低下,
②唾液の分泌低下,
③嚥下反射の低下(食塊を嚥下反射が誘発される部位へ送り込むことができないもの,
咽頭に送り込むことができても気管が十分に閉じない)などがある。
飲み込みが十分にできないと,口の中に食べ物が残ったり,
食べ物の一部が気管や肺に流れる誤嚥を起こす。
●誤嚥
○誤嚥の原因
誤嚥とは,食塊が咽頭を通過する過程で誤って気管や気管支に入ってしまった状態をいう。
誤嚥は,嚥下運動の前後,あるいは運動中のいずれにも起こる。
また,嚥下運動時以外でも起こるものがある。
それらの原因には,次のようなものがある。
①嚥下運動前に起こるもの
嚥下反射が起こる前に食塊が咽頭に流れ込むことによって誤嚥を起こす。
嚥下反射は,咀囎後,食塊が奥舌へ送り込まれることにより誘発される。
咀曙申は,咽頭入り口部に食塊がいかないように舌や口腔筋が働いている。
しかし,脳血管障害などにより口腔筋や舌の動きが上十分であると,
嚥下反射が起こる前の咀曙中に食塊が咽頭に流れ込んで誤嚥につながる。
②嚥下運動中に起こるもの
嚥下反射は,奥舌から咽頭へと食塊が送り込まれたときに最も強く誘発される。
しかし,脳血管障害などで嚥下反射が遅延すると,
食塊が咽頭へ送り込まれても嚥下反射のタイミングがずれて気管が閉じなくなり,
食塊が食道に送り込まれずに気管に落ちてしまい,誤嚥を起こすことがある。
また,嚥下反射が通常どおりに起こっても,喉頭蓋の動きが上十分である場合,
気管の入り口の閉鎖が上十分となり,誤嚥を起こす。
③嚥下運動後に起こるもの
嚥下力が弱いと咽頭に食塊が残ってしまう。
そうすると食事の後,気管が再び開いたときに呼吸とともに食塊が気管に流れて誤嚥を起
こしたり,
あるいは,食塊を胃に送り込んだ後,下部の食道括約筋の閉鎖が上十分であると,
胃内容物が胃・食道に逆流し,気管や肺に逆流する誤嚥を起こすことがある。
④その他の誤嚥
食事中や食後だけではなく,睡眠中などに唾液や鼻汁,
咽頭分泌物が気管に流れて誤嚥することがある。
寝ている問に誤嚥すると,むせたり咳き込んだりするが,気管粘膜の知覚低下があると,
むせたり吐き出したりすることもなくなり,誤嚥性肺炎(次項参照)につながる例もある。
また,咽頭や咽頭粘膜に細菌叢(コロニー)ができていると,
細菌を含んだ唾液などの分泌物を誤嚥して肺炎を起こすこともある。
○誤嚥による症状
1.誤嚥性肺炎
誤嚥一性肺炎の原因として,大きく次の2つが挙げられる。
①口内が上衛牛になることで雑菌が増え,その細菌を含んだ唾液などを誤嚥する場合である。
高齢者の誤嚥性肺炎の場合,多くはこれが要因となる。
②食道括約筋が十分に働かず,1度胃に入った内容物が逆流することによって起こる。
この場合,胃の内容物には菌だけでなく胃液に含まれる強い酸もあるため,
気管の粘膜を傷つけることにもつながる。
誤嚥性肺炎の症状には,発熱を繰り返す,食事中や食後のむせ,せき,
食後のかすれた声などがある。
嚥下困難者に対して,施設や病院などの専門機関では,キザミ食やぺ一スト食など,
機能に対応した食事を提供している。
在宅高齢者においても,これらの食事管理は重要である。
同時に,本来楽しいものである食事が苦しみにならないように。
食環境を整えるとともに,機能低下を予防して改善への働きかけをし,窒息、
などの緊急事態にも対応できるようにしなければならない。
誤嚥の危険があるかどうかを知るため,食事の仕方をはじめ、
日々の本人の状況を観察し,適切な介助で誤嚥を防ぐ必要がある。
また,誤嚥性肺炎を起こさないためにも口腔ケアをきちんと行い,
清潔を保つことが重要である。
●食事観察
家庭で誤嚥や摂食・嚥下障害をみきわめるには,食事の仕方や食後の様子,
いつむせるのかなどを観察することがポイントとなる。
摂食・嚥下障害を起こす高齢者に多い食事中の特徴を,以下に示す。
○食事中の「むせ《
食べ始め,水を飲むとき,食事の途中から続けて飲み込もうとするときなど,
むせ方にもさまざまなパターンがある。
食事中のむせは,ほとんどが唾液分泌力の低下か嚥下反射の低下が原因である。
むせ方のパターンによって原因がわかる場合も多いので,
どのようなときにむせるかを観察して医師に相談するとよい。
○食事中及び食後の「咳《
食事の途中から咳き込み出したり。
食後1~2時間に集中して咳が出るような場合は,誤嚥によることが多い。
また,食後すぐ横になると咳が出てくる場合は,
食道や胃からの逆流による誤嚥の可能性がある。
○「痰《の量と症状
風邪などで気管に炎症がある場合は疲が増えるが,
誤嚥があるときも疲の量が増える。
また,吐き出した食べ物の周りに疲がからんでいるようなら,
気管に入り込んだ食塊を疲とともに吐き出したものであり,
誤嚥していることがわかる。
○食事中や食後の「声《の変化
食事の途中から,または食後に声がかすれたり,疲がからんだような声になる場合は,
食べ物が咽頭に残留している可能性が高い。食べ物が残っていると,
睡眠中などにも唾液と混ざって誤嚥を起こすことがある。
○口から食べ物がこぼれる
顎関節や口唇の筋力が麻潭などで低下すると,
口唇をしっかり閉じることができず食べ物が口からこぼれる。
口腔周囲の感覚も低下していることが多いので,
本人はこぼれていることに気づいていないことがある。
○食後口の中に食べ物が残る。
食塊形成能力や飲み込む力が弱まると食塊が一度に咽頭に送られず,
口腔内に残留する。
能力以上に食べ物が口腔内に入ると,口腔内の残留物はさらに溜まり,
嚥下はますます困難になる。食後にのみ見られる場合は,
関連した筋肉の疲労などによることが考えられる。
○上を向いて飲み込む。
筋肉の緊張が異常に高まって頸部を正常に保てない場合や,
頸部の筋力が低下して頭部を支えられない場合,舌の動きが弱く,
食塊を舌の奥まで送り込めないなどの理由で正常な機能を働かせることが
難しくなった場合にこのような飲み込みが行われる。
○水分を飲み込みにくくなる。
水分は口腔で一定の形を保てないので,コップなどの容器から飲み込むには,
唇を閉じることと,舌の動きと顎の動き,呼吸との連続的な協調が必要となる。
これらの動きや協調が少しでも崩れると水分の飲み込みは難しくなる。
○「食欲《の低下。
食欲が落ちるのには体力低下,脱水などさまざまな原因があるが,
摂食やむせによって疲労し,食欲が落ちる場合もある。
食事の「好み《の変化。
むせやすい物をとらなくなることがある。
水や汁物,あるいはぱさついた物など粘液性の低い物は,
嚥下反射が起こる前に咽頭入り口部に送り込まれ,
気管に流れ込んで誤嚥につながることが多いため,これらの物を嫌うことが多い。
また,咀嚼力が落ちている場合は,「ごはんが硬い《といってお粥を好んだり,
軟らかい物を食べたがるようになる。
○食事時間の延長。
1人で食事をする場合には,通常15~30分程度で食べ終えるのが一般的であるが,
体調や体の機能が低下すると,いつもより食事時問が長くかかるようになる。
そのため,高齢者の体調を見分ける際,食事時間をチェックすることは非常に
重要である。
食事時間が長くなる原因には,病気などによる体力の低下,体幹や上肢機能の低下,
口唇・舌の動き・歯の状態などが上十分なことによる咀口爵力の低下,嚥下力の低下,
唾液の分泌の低下によって食塊を作りにくくなっていることなどが挙げられる。
○食事の「残し方《
いくつかの皿を並べていても,1つの皿や碗からしか食べない,
あるいは声をかけないと小鉢に手を伸ばさないような場合は,
認知障害による摂食異常の可能性がある。
認知障害は,運動機能は良好であっても食事動作がうまくいかないことが多い。
また,意識レベノレの低下,食事の意欲低下,半側空問無視(麻揮によって半側を見落とす),食べ方がわからなくなる場合などもあり,
その原因と程度によって対策が必要である。
○咽頭部の「残留間《
のどに何か引っかかっている感じがするという異物感を訴える場合には,
誤嚥した食塊が残っている可能性がある。
あるいは,咽頭部に腫瘊のある可能性があるため,医師に相談することが必要である。
○「体重《の変化
摂食・嚥下障害があると,十分な量の食事がとれず,体重が減少する。
月に1回程度は体重を測る習慣をつけておくとよい。
●食事の姿勢
摂食・嚥下障害の疑いや,誤嚥の危険性がある場合,食事をとる姿勢は重要である。
健康な人でも,寝たままで食事をしたり,座っていても左右に傾いている姿勢では
誤嚥しやすい。
誤嚥を防ぎ,快適に食べるためにも食事の姿勢には注意を払うことが大切である。
自分で食べる場合も,介助で食べる場合も,姿勢の基本となるポイントは同じである。
○臥位
寝たままで食事をするときは,なるべく上体を起こすことが基本である。
30度背中を起こし,体が横に倒れる場合は両側にクヅションを入れて体を支える。
頭が反り返ると誤嚥を起こしやすいので,頭の下には枕などを入れて頸部を前屈させる。
また,膝を立ててその下にクッションを入れると,体が滑りにくくなって安定する。
片麻痺がある場合は,麻痺側が上になるようにして少し横向きにする。
このとき,頭だけを横向きにせず,
背中の下にも座布団などを入れて体全体が横向きで安定するようにする。
○座位
椅子に腰かけて食べる場合は,背中を90度に起こすのが基本である。
腰や椅子の間にすき間ができないように深く腰かけ,
膝も床に対して90度になるのが望ましい。
足は,太ももが浮き上がらないようにし,床や台にしっかりつける。
腰や椅子の間にすき間ができると,体が反り返ってむせやすくなる。
テーブルの高さは,軽くひじがつく程度がよい。
麻痩がある場合は,麻揮側の手を下げずにテーブルの上に置くと
体が安定して食事がしやすくなる。
また,片麻揮の場合は,麻輝側に体が傾きやすくなるので,
麻癖側にクッションなどを置いて体を固定する。
●食事介助の方法
できないことだけを手助けし,できることはなるべく自分で行ってもらう。
麻痺がある場合は,片手で食べたり,利き手ではない手で箸やスプーンを使うことがあり,
こぼしたりして手間や時間もかかるが,なるべく手を出さずに注意深く見守るようにすることがリハビリにもつながる。
どうしてもできないようなら自助具を工夫したり,市販の介護用食器などを利用する。
食事の様子を観察して,自分で食べることができるようにし向けるのが大切である。
本人のぺ一スを乱さず,気長に見守る姿勢を大切にし,介助者は焦らないようにする。
むせることに上安や緊張感を抱いている高齢者に,
むやみに食べさせようとするとかえって誤嚥を起こしやすくする。
むせて苦しいために体が拒否反応を起こしてしまうため,
かえって「食べ物が喉を通らない《状態になってしまうのである。
また,食べ物を口にうまく入れられずにこぼしても,注意したり叱ったりしてはいけない。
食事中はあまりいろいろ話しかけると高齢者は食事に集中できず,
誤嚥をする恐れがあるので,返事を求めるような話しかけはしないようにする。
虚弱高齢者や脳血管障害後遺症による麻揮のある高齢者及び痴呆高齢者によくみられる
食事の仕方とその介助のポイントは,次のとおりである。
○口に食べ物を運べない場合
寝たきりなどで全身的に機能が低下して,
口に食べ物を運べないために介助が必要な場合は,
必ず飲み込んだことを確認してから次の食べ物を口に運ぶ。
ぺ一スト食をとっている場合には,嚥下力も低下し,
飲み込んだと思っても咽頭部に食塊が残っている可能性がある。
そのため,飲み込んだ後に頭に手を乗せ,顎を引いて
「こっくん《といいながらもう一度飲み込ませる空嚥下を行う。
○口への取り込みが十分でない場合。
食べ物が口からこぼれるときは,口唇を軽く閉じてあげるようにする。
顔面に麻輝があってとり込みが十分にできないときは,
麻潭のない側から食べ物を入れるようにする。
○嚥下が十分でなく口の中に食べ物が残る場合
舌の動きが低下してうまく飲み込めずに口の中に食べ物が残る場合は,
口先ではなく舌の中央部あたりに食物をのせる。
○異食がある場合。
食べ物ではない物を食べようとする異食の場合は,
食卓や皿の上に食べられない物を置かないようにする。
ティッシュペーパーやみかんなどの果物の皮,寿司の笹など飾り物は,
目につかないところにすぐに片づける。
○認知障害・失行がある場合。
上肢や口の動きは正常であるのに食べようとしない認知障害や失行は,
茶碗や箸をもたせたり,少しの介助で食べ始めることがある。
しかし,もたせたものしか食べないことが多いので,時々もたせる茶碗や皿を変える。
また,1つの皿や碗からだけ食べ続ける場合は,皿や碗の位置を変えたり,
他の皿などに目を引く色合いのものをのせたりして注意を向ける。
○体幹・上肢筋肉の疲労による場合。
途中で食事を食べられなくなるときには,
上肢や体幹の力が弱って疲労していることがある。
そのような場合は,まず「手伝いましょうか《,「口に入れてあげましょうか《
などと聞いて,食事介助を必要としているかどうかを確認する。
●COLUMN
○摂食・嚥下機能に遭した食形態の検討
食事の摂取量が少ない場合には,摂食・嚥下障害の有無を観察しなけれぱならない。
食形態が上適当な場合は食事が苦痛になり,十分な摂取量に至らない場合が多い。
特に,高齢者の嚥下障害は水分の補給が難しく,
むせたり口角からこぼしたりしやすいので,増粘剤でトロミをつける必要がある。
高齢者への水の補給の際には,摂取記録を根拠にして必要量を考えることが大切である。
全量摂取のときでも口角からダラダラとこぼしているような場合もあることから,
介助者は摂取量を把握して日々水分の最低必要量を確保するような姿勢をもつべきである。
●誤嚥の予防
○食後の姿勢
食後すぐは横にならないようにする。
食後すぐに横になると,胃・食道から気管へ食べた物が逆流して誤嚥につながる。
食後は30分~2時間,横にならずに座ったままでいる。
臥位で食事をした場合も,食後は背中を30度起こし,頭を上げた状態にしておく。
○口腔ケア
常に口腔内の清潔を保つことが重要である。
高齢になると運動機能が低下し,食後の口腔内清掃が満足に行えなくなることが多い。
麻揮があったり寝たきりの高齢者の場合では特に,口腔内は上衛生になる。
たとえ総入れ歯で歯が1本もなかったり,異腔からの経管栄養をとっている場合でも,
口腔内の衛生は必要である。
口腔内が上衛生であると,歯肉炎が起きたり唾液の分泌が減り,自浄作用が低下する。
同時に細菌が繁殖して誤嚥性肺炎を起こしゃすくなる。
口腔ケアはこれらを予防すると同時に,
口の中をすっきりすることで食事をしようという意欲を高めることにもつながる。
○誤嚥予防のための運動
食べるためには口,舌,歯などの総合的な働きが必要になる。
そのため,口や舌など,顔の筋肉を動かす運動をすると飲み込みがよくなる。
最初は2~3回から,徐々に10回くらいまで増やしていくようにするとよい。
その他,腹式・口すぽめ呼吸訓練などがある。
運動以外には,会話を楽しんだり,歌を唄うのも効果がある。
●窒息への対応
窒息は命に関わるので,素早い対応が必要となる。
すぐに救急車を呼び,緊急の処置を行う。
1.食べた物がみえる場合。
顔を横に向け,指を口の中に入れてとり出す。
2.食べた物がみえない場合。
①舌をつまんで吐き出させる。
②吸引機や掃除機を使って吸い出す(掃除機対応の吸い取り口型が市販されている。
吸い取り口の先を口の奥に入れてからスイッチを入れる)。
③背中を叩いて吐き出させる:
背中の中央部(肩甲骨と肩甲骨の問)を,力を込めて叩く。
④ハイムリック法を行う:
座位では,腕を後ろから抱えるように回し,右手をみぞおちに当て,左で右手をもち,
一気に力強く圧迫して横隔膜を押し上げる。
仰臥位では,大腿部にまたがって行う。
●COLUMN
○腹式・口すぼめ呼吸訓練
意識しながらゆっくりと息を吐く訓練である。
むせ防止や肺機能の強化に効果がある。
①腹部を膨らませるように鼻から息を吸う(2カウント)。
②ろうそくの火を吹き消すように口をすぼめて息を吐く(3カウント)。
(吸う動作2対吐く動作3の割合)
摂食・嚥下障害のある高齢者の口腔ケアは,口腔内を清掃するというだけでなく,
摂食嚥下障害を治療していく上で重要なものの1つであると考えられる。
●口腔ケアのためのチェックポイント
効果的な口腔ケアを実践するために,まず口の中を観察する。
①食物残清の有無:
脳卒中などによる片麻庫の場合,顔面領域にも麻輝があると,自浄作用や感覚低下のため,
麻輝側に食べ物が停滞しやすくなる。
②歯肉の炎症:
口腔内の清掃がなく放置されていたような場合,歯ブラシや指を歯肉に当てると,
容易に出血する。食事中も出血し,食欲低下の一因となっていることがある。
③義歯の状態:
義歯の内面や金具部分には,食物残澄が停滞しやすく,
また上適合義歯をそのまま装着していると,口腔内の衛生環境の悪化を招く。
④虫歯の有無:
歯がそろっていても,口唇をめくってみると,
歯と歯肉の境目や歯と歯の間に黒くなった虫歯が多数にわたって観察されることがある。
また,穴が大きく開いている歯を放置しておくと,その部分で破折が起こり,
根だけが取り残されることがある。
⑤口臭の有無:
口臭は口腔衛生状態の指標になる。経口摂取が上可能で,
口腔清掃が行われていない場合は,口腔内常在菌細菌叢の変化により,
独特の口臭を呈する。
⑥舌苔の有無:
舌運動に障害があると,舌が口蓋と擦り合うような運動ができないために
自浄作用が低下し,舌苔が発生しやすい。
また朊用している薬剤(胃潰瘊の治療薬,抗生物質,ステロイド剤の長期連用)によっても
舌苔ができやすくなる。
⑦口腔内の過敏の有無:
経口摂取やブラッシングが行われていないなど,
口腔内に刺激がほとんどなかったために口腔粘膜の感覚が過敏状態となり,
歯ブラシや食べ物が口腔内に触れただけで疾痛を感じることがある。
●口腔清掃のポイント
①残存歯の磨き方:
歯ブラシの毛先を歯頸部に当て,細かく振動させるように動かす。
このとき,歯ブラシの動きが大きくならないように注意する。
介護者がブラッシングすると力が入りすぎて患者に苦痛を与えることがあるので,
軽いタッチで回数を多めに振動させる。
②歯と歯の問の清掃:
歯問ブラシを用いると有効である。歯問部の大きさに合わせてブラシの太さを選択する。
力を入れず、ゆっくりと歯問部にブラシを入れ,
歯の両側面の歯垢を取り除くように前後に数回静かに動かす。
③歯ブラシを使えない場合:
濡らしたガーゼや脱脂綿を割り箸か人差し指に巻きつけ,歯茎の内側や外側,舌下,
口の中をていねいに拭き取る。歯の間は,小綿棒を利用すると清掃しやすい。
うがい用には,水,微温湯または薄い塩水を使用する。
④舌苔の除去:
舌苔は軟毛歯ブラシを使うか,痛がるようであればスポンジブラシを用いて,
舌の奥から前に向かってかき出す。舌を思うように突き出せない場合は,
介護者がガーゼで患者の舌を把持して行う。
また,生パインアップルの厚さ1cm輪切りを8等分したものを舌の上に置き,
3~5分噛んで吐き出させる。
これを日中2~3時問ことに繰り返す。こうすることにより、
ブロメリンというたんぱく質分解酵素の働きにより,舌苔が消失する。
キウイにも同様の効果がある。
⑤義歯の清掃:
入れ歯は必ず毎食後,はずして清掃する。
また同時に,残っている自分の歯の清掃も行う。
入れ歯をはずしたら,水を流しながら歯ブラシで磨く。
眠る前は,はずして洗浄液に浸し,蓋つきの容器に入れて保管する。
義歯で汚れやすい部分は,義歯内面や歯にかける金属部分である。
当然金属部分のかかっている歯も食物残清などが溜まりやすいので注意する。
食物残渣がついていなくても,指で触ったときぬるぬるしていれば,
細菌が付着している状態なので,清掃が必要である。
⑥球状ブラシの利用:
球状ブラシ(くるリーナブラシ;㈱オーラルケア)は,
ワイヤー製の柄の先に軟かい毛が球状に椊毛されているのが特徴である。
多忙な介護や看護の現場で,短時間で効果が上がる口腔ケアや口腔領域(頬,口唇,舌)
の筋肉リハビリを目的に使用されている。
毛先が軟らかいため,口腔内や嚥下を誘発する部位への刺激が安全に与えられる。
柄はしなるので,口蓋,軟口蓋,舌,歯肉頬移行部などに添わせやすく,
口腔内のあらゆる箇所の汚れや食物残渣を絡め取ることができる。
また,吸引チューブ付きのものが最近販売され,うがいをできない場合でも
留まった唾液や喀出した痰などを吸引することができる。
●口腔におけるアプロ一チ
摂食・嚥下障害のリハビリテーションという見地に立つと,口腔ケアとは、
「障害のある高齢者の口腔衛生状態の管理及び食事摂取の自立または
介助力の軽減のために,機能面,能力面,環境面,心理面ヘアプローチすること《
と考えられる。
○機能面へのアプローチ
口腔衛生状態を良好に保つためには,ブラッシングなどによる機械的な清掃,
洗口剤使用による化学的清掃に加えて,患者自身の生理的自浄作用なくしては
目的が達成されない。
そこで,麻輝した器官に直接働きかけて、麻揮の進行を予防する必要がある。
①リラクゼーション:
口腔のみならず,後頭部,頸部,肩部あるいは背部,
腰部などの筋にも拘縮を来しているので,マッサージなどで筋のリラックスを図る。
②異常感覚の除去(脱感作):
過敏がある場合,まず指で歯肉,頬の内側,口蓋などに触れていき,除々に綿球,
スポンジブラシや軟毛ブラシなどの用具を使い,段階を踏んで過敏をとり除く。
また,最近は脱感作床と呼ばれる義歯を患者自身が口腔内に装着する方法などもある。
③咳嗽訓練:
誤嚥の危険がある場合,まず自発的な咳を行うことを習慣化させる。
患者の腹部に手を置き,患者の呼吸に合わせて腹筋を使い勢いよく
一気に咳をする訓練をする。
④刺激訓練:
廃用を防止するために電動歯ブラシを使い,口唇,頬などに振動を与える。
あるいは、氷を包んだタオノレで後頭部から肩にかけてマッサージをする。
⑤筋ストレッチ訓練:
筋の拘縮を防止する目的で,術者の指の腹部分を使って,口唇,
頬などの諸器官にマッサージを行う。また,頬を膨らませたりすぼめたり,
舌を前方,左右,上下に突き出すなどの動作を行う。
⑥口腔清掃:
歯垢,歯石,食物残澄の停滞しゃすい部位は,歯と歯肉の境目
(歯頸部)や歯の裏側及び歯と歯の問(歯問部)である。
口腔清掃は,毎食後行うことが原則であるが,時間的・人材的に困難であれば,
就寝前だけでも行うようにする。
○能力面へのアプローチ
器官の機能回復に限界がある場合,潜在的に備わっている能力を引き出し,
機能の代償を図る。
①利き手交換:
利き手が麻揮しており,機能回復に限界がある場合,利き手交換を行い,
ブラッシング指導をする。
②姿勢の工夫:
座位が基本であるが,座位が保てず仰臥位で行うときは,頸部だけを横にするのではなく,上肢・下肢ともに横に向ける(側臥位)。
咽頭部に片麻輝がある場合は,誤嚥予防のため,必ず麻揮のない側を下にする。
○環境面へのアプローチ
患者を取り巻く人や物に働きかけて,口腔ケアの環境を整える。
①器具の工夫:
患者の自立を促すために,歯ブラシの柄を太くし,握りやすくしたり,
片手でも義歯の清掃ができるように吸盤つきのブラシなどを便用する。
また,こまめに口腔内を拭き取れるよう,
綿棒や割り箸の先にガーゼを巻いたものなどを用意しておく。
②照明や鏡:
洗面所の照明を明るくしたり,鏡の大きさ,高さを考慮する。
また,洗面所を清潔にしておく,患者の好きな音楽を流すなどの工夫をし,
口腔ケアに取り組みやすい環境を整える。
③生活リズム:
毎日規則的に口腔ケァを行えるようにし,1日の生活リズム作りに口腔ケアを利用する。
④介護者への指導:
患者の能力により,介護者が介助磨きや仕上げ磨きを行う。
○心理面へのアプローチ
患者によっては,介護者に口腔清掃をしてもらうことを好まない場合がある。
接する相手や日によって異なる患者の心理的な変化にどれだけ共感をもって
接することができるか,介護者側の技量が問われるところである。
また,患者本人だけでなく,家族への身体的・心理的負担への配慮も忘れてはいけない。
●COLUMN
○嚥下機能を補うための義歯
①床研磨面形態の工夫(歯ぐきの部分を厚くした義歯)
義歯は舌と頬の力のバランスの中で維持されている。
麻癖側に頬の麻癖があると,義歯の床研磨面(義歯の歯ぐきの部分)に
食物残渣がたまるため,厚く形成することで,これを防ぐ。
左図は,上下義歯を奥歯部で前額断した図で,
矢印は頬と舌の力のバランスを表す。
②舌接触補助床(上あごに舌をあてるための補助床palatalaugmentatiOnprOSthesis:PAP)
舌の機能が低下すると,口蓋(上あご)に押しつける力が上足して
嚥下機能に支障をきたす。
口蓋の部分を厚くすることで,舌の機能を補う。
③脱感作床
長期問にわたって多数歯喪失がありながら,義歯の装着をしていなかった高齢者などには,口腔粘膜に過敏症状を呈する者がみられる。
口腔粘膜に対する触圧覚の感覚刺激に対し,異常とみられる顔面の表情の歪みや
四肢の伸展などの症状を呈する。
過敏が口腔内に存在すると,口腔ケアや義歯の装着を強く拒否するため,
喪失部位の形態的な修復が困難となり,摂食・嚥下障害の改善が望めない場合が多い。
このような過敏症状に対して,リハビリテーションの医療領域では
脱感作療法がなされるが,これに用いる床型(入れ歯型)の装置を脱感作床という。
脱感作床は弱い刺激を持続的に与えて,
過敏症状の軽減を図ることを目的とした装置である。
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