- PEMとは・・その危険性・・。
- 高齢者PEMの原因。
- PEMの発見。
- PEMに伴う各種栄養素の欠乏。
- PEMへの対応。
PEM(protein energy malnutrition)とは,たんぱく質,エネルギーが必要量
とれていない低栄養状態のことをいう。
高齢期になって小食,偏食などになると,
自分では気づかないうちにあらゆる栄養素が不足した状態になりやすいことは容易に推測できるが,
元気で何の症状もなければ取り立てて問題にはされにくい。
しかし,ここに大きな落とし穴がある。
若いころから食事に関心が高く,工夫や配慮をしている人とそうでない人では,
高齢期になって健康面で大きな差が出てしまうことになる。
このことからも,食事について助言できる管理栄養士(栄養士)の役割は非常に大きい。
●PEMの発生とその危険性
高齢者の食事摂取量の減少は,まず脱水を招き,次いでPEMに陥る。
PEMでは,体内の貯蔵栄養素を利用することで代謝を維持し,体力を保持しようとする。
まず糖質,次いで脂肪,たんぱく質が利用される。
その結果,体重減少(やせ)が起こり,免疫機能の低下を招いて
易感染状態(感染にかかりやすい状態)となる。
さらに手術,感染症,発熱などの病態や精神的ストレスなどが加わると,PEMを促進する結果となり,
生命の危険を招くことになる。
食事摂取に介助を要する在宅の高齢者や高齢者介護施設の利用者では,
食事摂取量やその他の水分摂取量が,食事ケアに左右される場合かある。
特に摂食・嚥下障害を有する場合には,介護者の注意や介護努力がふそくすれば,
容易に脱水,PEMを招くことになる。
高齢者のPEMの原因としては,以下のことが挙げられる。
@食事摂取量の減少:
摂食・嚥下機能,味覚感受性,消化機能など各種の機能低下,ADLの低下,
病気や薬剤の副作用による食欲ふしん,
痴呆による「食べる」意欲の減退による。
A環境要因:
独居,高齢者のみの世帯,変化のない生活,閉じこもり,買い物に行けないなど。
B経済的要因。
C各種のストレス,精神的要因,各種疾患。
PEMの発見に関わる指標としては,体重減少率と血清アルブミン値が重要である。
●体重減少率
PEMが持続すると,体重減少が起こる。
これは,脂肪組織の減少と除脂肪体重の減少が同時に起こるためである。
特に除脂肪体重の減少は,生命の予後に重大な影響を及ぼす。
肥満ややせの状況を把握するのに,成人では一般的に体重,身長の比である体格指数
[BMI=体重(kg)÷身長(m)×身長(m)]が用いられるが,高齢者では立位の身長の正確な測
定が困難な場合が多いことから,
体重減少率が用いられる。
体重減少率は次の式で求める。
体重減少率=(平常時体重一現在の体重)/平常時体重×100
体重減少率が1か月で5%,3か月で7.5%,6か月で10%以上をPEMの目安とするが,
体重の減少がわずかでも徐々に進行している場合には,血清アルブミン値の測定など,
他の検査所見を参考にしながら食事摂取状況を細かに観察し,PEMの早期発見に努める。
また,高齢者には慢性心不全の状態の人が多いことから,急速な体重増加では浮腫を,
急速な体重減少では利尿剤の影響を考慮する必要がある。
食事摂取量の減少がみられないのに体重減少がみられるときは,
原因疾患の検索の前にまずその人に適正栄養量が提供できているかどうかを点検する必要がある。
体重の測定が不可能な場合,メジャーテープを用いて,上腕周囲長,下腿周囲長を計測し,
減少率を求め,評価する方法もある。
●血清アルブミン値
血清アルブミン値は,3,5g/dl以下になると内臓たんぱくの減少を引き起こすといわれている。
また,アルブミン低値では術後の余病率や,高齢入院患者での死亡率が高まるという報告もある。
しかし,3.O〜3,5g/dlでは栄養の補給によって改善可能なことが確認されている。
血清アルブミン値を目安にしてPEMを早期に発見し改善するためには,
まず3,5g/dl以下であるかどうかをチェックし,栄養強化に努める必要がある。
血清アルブミン値が3.Og/dl以下では,本格的低栄養状態として医師による治療が必要となる。
血清アルブミン値は,高齢者のPEMのスクリーニングとして非常に重要な指標である。
PEMでは,エネルギー,たんぱく質の不足のみではなく,各種の栄養素の欠乏を伴うことが明らかである。
高齢者福祉施設〔愛全園(特別養護老人ホーム),僧生園(養護老人ホーム)。昭島市〕
の残菜調査(300名。2004年)によると,
カルシウム,食物繊維,鉄,ビタミンCなどが欠乏していた。
高齢者に欠乏しやすい栄養素を以下に取り上げる。
○カルシウム
「日本人の栄養所要量一食事摂取基準一」によれば,
成人の1日当たりのCa必要量は600mgとされている。
しかし現状をみると,毎日の食事からは550mg前後しか摂取できていない(国民栄養調査)。
高齢者では,低Ca血症の発生頻度が高くなっている。
高齢者のCa欠乏の理由としては,次のことが挙げられる。
@たんぱく質の摂取不足のためにCaの吸収率が下がる。
ACaの吸収に密接に関わるリン(P)の過剰摂取により,Caの吸収低下が起こる。
Pを多く含む食品(加工食品など)の摂取が増えたことが一因と考えられている。
BCa給源である牛乳・乳製品,緑黄色野菜,小魚,こんぶやひじきなどの海藻の摂取がふそくする傾向がある。
C腸管でのCaの吸収を助けるビタミンD(天日に干したしいたけなどに多く含まれる)の摂取が不足している。
DCa吸収率を高めるビタミンDの代謝は紫外線に当たることで促進されるが,
高齢になると日光に当たる頻度が少なくなる。
E女性では,閉経に伴い,骨の形成に促進的に働く女性ホルモン(エストロゲン)の分泌が低下し,骨のCaが減少する。
そのため,骨粗鬆症になりやすい。
○鉄
男女ともにヘモグロビン値が11g/dl未満を貧血としてチェックする。
PEMでは,鉄欠乏性貧血が多くみられる。老人性貧血でも栄養ふりょうから起こる鉄欠乏性貧血がみられる。
赤血球の中に含まれるヘモグロビンは,鉄(ヘモ)とたんぱく質(グロビン)が結合したものであり,
血液が酸素を運搬するのに不可欠なものである。
鉄の欠乏は,ヘモグロビン値の減少を起こし,貧血(赤血球の減少)を招く。
鉄欠乏性貧血は,血清ヘモグロビン値の低下に加えて,血清鉄の低値,総鉄結合能(TIBC)の高値,
貯蔵鉄(血清フェリチン値)の減少などから確定できるが,
同時に食事摂取状況の検索と見直し,出血の有無なども確認する必要がある。
出血源の治療と同時に経口的鉄剤の内服が必要な場合が多いが,
鉄分の多い食品を加味した食事内容の工夫も大切である。
高齢者の貧血は慢性的に発症し,自覚症状が現れにくいため見逃しやすいこと、
重要な疾患の初期症状である場合が多いことなどから,その原因を明らかにし,
二次性貧血を早期に発見することが大切である。
東京都老人医療センターの入院高齢者1.187例を対象とした調査では,
ヘモグロビン値11g/dl未満の貧血例は275例(23.2%)であり,
その原因としては悪性腫瘍,感染症,炎症性疾患,腎疾患に随伴した続発性貧血が多かったという。
○亜鉛
Znが不足すると,皮膚炎,口内炎,下痢,脱毛,成長障害,免疫能の低下などが現れる。
Znは食物から摂取され,十二指腸で吸収され,骨に蓄えられる。
また,高齢者に限らず,Znの重要性は味覚障害の原因として冨田寛氏(日本大学名誉教授,微量栄養素研究所所長)
の研究により指摘されている。
Znの働きを阻害するものの代表が食品添加物であるため,現代の食生活はZnがふそくしやすい環境であるといえる。
大量の飲酒もZnの消費を高める。
反対に,Znの吸収をよくする食品は,肉などたんぱく質の多い食品とビタミンCの豊富な果物である。
Znは丸ごと食べる小魚やかきなどの貝,ごま,緑茶の葉,しいたけ,牛肉などに豊富に含まれている。
一方,清涼飲料水やカップラーメンなどのインスタント食品にはほとんど含まれていない。
適切な食事をしていればZnの欠乏は起りにくいが,PEMでは当然,Znの欠乏が起こる。
中心静脈栄養(lVH,TPN)でもZnの欠乏は最も多く起こりやすく,特別養護老人ホームでは,
経管栄養の人の全身の皮膚病(皮膚炎)がZn欠乏に由来するものであることが判明し,
Znを多く含む栄養剤に変更して皮膚病が完治したという例もある。
Zn欠乏は,まだまだ一般的には注目されていない。
しかし,現代人にとって,特にPEMに陥っている高齢者にとって,
Znは最も不足しやすいミネラルの1つであることを忘れてはならない。
○マグネシウム(Mg)
MgとCaは,競い合い助け合いながら作用するので,両者のバランスが大切である。
Mgは,細胞内へのCaの流入を阻害し,血管を拡張し,心疾患や脳卒中を予防する。
Mgの不足は,細胞内に流入するCaの過剰を招き,心臓や血管に悪影響をきたす。
CaとMgの摂耳又比率は2:1,すなわちCa600mg/日に対しMg約300mg/日が理想である。
Mgは,大豆製品,種実類,ひじき,新鮮な野菜などに多く含まれているが,
調理による損失が多いので,注意が必要である。
アンバランスな食事になりやすい高齢者はMg摂取量の不足が考えられ,PEMにおいて,
Mgは特に重要なミネラルである。
なお,Mgの過剰摂取が下痢の原因になることがあるので,
サプリメントの利用などで摂取量を増やす場合は医師に相談する必要がある。
Mg欠乏症状としては,疲れやすい,肩こり,眩暈,筋肉の痙撃などのほか,記憶障害などの精神的不調がみられ,
欧米にはアルツハイマー病との関係を強調する研究者もいる。
★低空飛行症候群
食べたい物を食べ,飲みたい物を飲むといった一見豊かな食生活を送っているにもかかわらず,
体内のミネラルが低空飛行するように慢性的に低い値で推移し,体調の不良を訴える状態をいう。
砂糖を多量に使った菓子などの摂取による糖分の作用で,尿中へMgなどが排出されやすくなることや,
Mgの吸収を阻害するPを多く含むインスタント食品などの日常的な摂取,ストレスなどが原因として考えられている。
○ビタミンE
ビタミンEは、体内における最も重要な脂溶性抗酸化物質であり、
酸化による損傷から細胞膜を保護する働きがある。
ビタミンEが不足すると,低密度リポたんぱく(LDL)が非常に酸化しやすくなる。
酸化したLDLは、血管の狭窄,硬化を招き,さまざまな心疾患を引き起こすことになる。
さらに,ビタミンEは,DNAを保護することによりがん、中でも肺がんと前立腺がんに対する予防効果が報告されている。
また,眼の水晶体にある脂質の酸化を抑制することによって白内障を予防するので,眼の機能の維持にも役立つ。
高齢者にとっては最も必要なビタミンであるともいえるが,国民栄養調査(平成14年)によるとやや不足気味であるため。
積極的な摂取が望まれる。
食事だけで必要量がとれない場合は,サプリメントによる摂取も考慮する。
○ビタミンC
高齢者のビタミンC不足は,新鮮な果物や生野菜などがとりにくい状況であることなどが背景にある。
前述の高齢者福祉施設の残菜調査によると,ビタミンCの充足率は86%で基準値を下回っていた。
ビタミンCはコラーゲンの合成に関与し,ホルモンや神経伝達物質の合成など数多くの機能をもつ。
特に,活性酸素の消去剤(スカベンジャー)としての役割が重要である。
また,抗酸化作用をもつビタミンEを修復し再生する働きがある。
ビタミンCは、呼吸器感染症やがん発生のリスク低減,眼の健康保持,心血管系疾患の予防,
創傷治癒の促進といった作用をもつ。
また,過剰摂取による害もほとんどなく,非常に安全性の高いビタミンである。
ただし,単独でビタミンCのサプリメントを空腹時に用いると胃腸障害を起こすことがあるので,注意が必要である。
○食物繊維
高齢者は,咀嚼・嚥下機能の低下から食物繊維を多く含む食品の摂取が難しくなる。
食物繊維の摂取ふそくは,高齢者の便秘の一因でもある。
食物繊維は腸の動きを刺激し,摂取エネルギーを調節し,コレステロール値の低下及び血糖調節の改善作用をもち,
多くの心疾患,大腸がんや糖尿病の発症率を減少させるとの報告もある。
食物繊維の多い食品は,緑黄色野菜や根菜類,こんにゃく,さつまいも,こんぶやひじきなどの藻類,
豆類やその他の乾物などである。
根菜類やさつまいもなどの食物繊維の多いものを軟らかく調理し,おいしく食べてもらえるよう工夫が必要である。
高齢者福祉施設では,食物繊維の摂取量を増やすため,汁物等に粉末状の食物繊維を添加する場合もある。
@早期に脱水を発見し,脱水の改善を行い,PEMへの移行を予防する。
A食欲不振などが起こる原因に対する治療,改善を優先する。
B高齢者に対しては摂食・嚥下障害を疑い,現在の食形態が適当かどうかを検討する。
食事摂取状況の観察が大切である。
C高齢者は,食事を全量摂取していても体重減少や血清アルブミン値低下をきたすことがある。
適正な食事量であるか,口からこぼれていないか,摂食・嚥下障害がないか,下痢や嘔吐がないかなどを確認する。
D食事摂取状況調査により,栄養アセスメントを行う。
E介護に関わる他の専門職種との連携のため,チームケアの体制を整える。
F家族や介護者に脱水やPEMの予防について助言し,協力を仰ぐ。
G食事のみでは充足できない微量栄養素については,サプリメントの利用も検討する。
H考慮食を行っていても,誤嚥性肺炎などを繰り返し,本人にとって食事が苦痛となっている場合は,
一時的な経管栄養や胃?による栄養強化を検討する。
口から与えることが,必ずしも最善の方法ではない場合があることも知っておくべきである。
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