- 高齢期の食生活。
- 高齢者の食事のポイント。
味覚,嗜好とその変化
●味覚,嗜好の背景
なにをおいしいと感じるか,なにを好んで食べるかという問題には,大きくはその個人のもつ歴史的あるいは文化的背景,さらに同じ文化圏にあってもその個人が属する地域性,また生育歴,職業,栄養に関する知識水準などが関係します.
また,疾患の有無,体調あるいは経済的条件の影響も受けます.このように,味覚とか嗜好には,きわめて複雑な要因が関わりますので,その加齢変化を調査した結果の読みとりも十分慎重に行う必要があります.
●味覚,嗜好は加齢よりも時代の影響を大きく受けます
たとえば,ある時点で種々の年齢の人を対象に調査をしますと,高齢者では肉類や油脂類の摂取頻度が低くなるという結果が得られます.
また,現時点の高齢者の嗜好を調査しますと,刺身,茶碗蒸し,てんぷら,日本そばなど和食を好む人が圧倒的に多いという結果が得られます.
しかし,同じ人を10年以上追跡してみますと,その間に必ずしも肉類や油脂類の摂取は低下しません.
この2つの結果は一見矛盾しますが,高齢者の食品摂取傾向が,加齢の影響よりも時代の影響を大きく受けていると考えると理解が可能となります.
一般に,高齢者であっても余暇活動も含めて積極的に活発な身体活動,社会活動をしている人には,肉類も含めて若い頃と変わらない多種多様な食品の摂取がみられることも明らかにされています.
●歯の脱落も影響します
加齢に伴っていくつか嗜好の変化の原因となる状態も生じてきます.
その第一は,歯の脱落ということです.
歯の脱落は,ある程度義歯の使用で補いがつくとしても,咀しゃく力の低下が当然生じてきます.
したがって,歯の脱落も程度問題ではありますが,高度になると肉類や生野菜の摂取が困難となります.
●老化に伴う感覚機能の低下も影響します
加齢に伴い味覚,とくに塩味や甘味の感覚が鈍くなり,より濃い味付けを好むようになります.
また老化に伴う口渇感の減弱,あるいは頻尿や失禁に対する恐れなどから,水分摂取量も少なくなる傾向があります.
その結果,便秘がちとなることも少なくありません.
いずれにしましても,高齢者のもつ味覚や嗜好には,若い人以上のばらつきがあります.
食事に際しては,その点に関する十分な心づかいが必要です.
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●その人の嗜好や身体機能を考慮に入れた調理,献立の工夫をします
高齢になると,エネルギー必要量あるいは現実のエネルギー摂取量は減少します.
しかし,たんぱく質,ビタミン,ミネラルの必要量は減少しません.
したがって,十分量の副食をとるようにするとともに,それが可能となるように個々人の嗜好や身体機能を考慮に入れた調理,献立を工夫することが必要です.
●食事のおいしさ,楽しさを大切にします
食事を単に身体機能を保つための材料をとるものとしてではなく,食事のおいしさ,楽しさを大切にするようにします.
食事を通して家族,友人,社会と交流し,食事が生きがいの一つになるように心がけましょう.
●たんぱく質,ビタミン,ミネラルを十分にとります
咀しゃく力の低下やえん下能力の低下,あるいは意欲の低下や種々の身体疾患による食思不振により,摂取エネルギーが低下し,それに伴ってたんぱく質,ビタミン,ミネラルが不足することが少なくありません.
魚や大豆製品,可能なら肉などから良質のたんぱく質を,また緑黄色野菜,果物あるいは牛乳からビタミン,ミネラルを十分とるようにしましょう.
●便秘予防のためにも食物繊維を十分にとります
腸管の働きの低下や食事量の不足のため便秘を訴える人が少なくありません.
便秘を食事療法で解消するため,十分な食物繊維(1日20〜25g)の摂取を心がけましょう.
●食欲が増進するなら適量のアルコールも
適量(日本酒で1合,ビールでコップ2杯,ウイスキーでシングル3杯程度以下)のアルコール摂取で,ストレスの解消や食欲増進が斯待できる場合は,それを許可してもよいでしょう.
●咀しゃく能力や病気によっては軟菜食,刻み食,流動食を考慮します
咀しゃく能力を十分に考慮に入れ,必要な場合は,軟菜食や刻み食を考えましょう.
また病気により固形物の摂取が困難なことがあります.その場合には流動食も考えましょう.
●薬の服用中は特別の配慮をします
高齢者は種々の薬剤を服用していることが少なくありません.
薬剤のなかには,ビタミン,ミネラルあるいは食塩の吸収,利用あるいは排泄に影響を与えるものがあります.
それらの薬剤を長期間にわたり服用する際には,特別な配慮をする必要があります.
●冷凍食品,缶詰,保存食をじょうずに使います
一人暮らしや,老夫婦だけでの生活の場合,食品数を多くし,食卓を豊かにするため,冷凍食品,缶詰,保存食などをうまく使うことも一つの工夫です.
●適度な身体活動を行います
個々の身体機能に合わせた身体活動は,心身の爽快感,食欲増進,肥満防止,筋力低下,骨粗鬆症の進展防止に有用です.
食事とともに,生活面のことも十分に考えましょう.
●食事療法は根気強く行いましょう
食事療法にあたっては個々人の知的理解度,身体機能に合わせた教材を用い,食事計画をつくり,よく理解し,それが実行可能になるまで根気強く反復することが必要です.
必要な場合は,家族,とくに調理担当者の協力を求めることも大切です.
●個々の食習慣,嗜好,経済を無視した食事は長続きしません
いずれにしろ,高齢者は多種多様な生活歴,嗜好,食事に対する考え方をもっています.
それを短時間で変えることはきわめて困難です.
少しの改良でも,大きく評価し,たえず励ましの心をもって,一歩一歩よりよい食事に変えていく根気強さが必要です.
個々の高齢者の食習慣,嗜好,経済などの背景を無視した食事は長続きすることはありません.
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