この地方のプロフィール
ロワール河流域地方pays de la Loireは、固い岩石(片岩、花崗岩、片麻岩)から成る古山脈のモルヴァン山脈、アルモリック山塊、中央高地に囲まれた位置にあり、パリ盆地の一部を形成している。
中生代にこの地域を蔽っていた海が最初に残していったのはチュフォーtuffeauとよばれる柔らかい白亜質の岩石で、今でもル・ロワール川1e Loir、ロワール河la Loire、シェール川le Cher、アンドル川la 1ndre、ヴィエンヌ川la Vienneの河岸段丘の側面に見られる。
次に残したのは砂と粘土の層を含んだガティーヌgatines(不毛の沼地)の石灰岩で荒地と森林をもたらした。
海が退いた後は、大きな淡水湖が別の石灰岩層を集積させたが、その表面はしばしば分解して泥土を形成した。
これが石灰質の平野champagnes(champeignes)である。
第三紀には、アルプス褶曲山脈形成の余波で中央高地が高くなり、そこを下る流れが粘土と砂の層をおしひろげて、ソローニュla Sologneの森とオルレアンOr1eansの森を生んだ。
その後この地方の西の部分が沈下し、ブロワBlois、トゥアールThouars、プルイイ・シュル・クレーズPreuilly-sur-Claiseのあたりまで、かの有名なファルン(浅海成層の貝殼砂)の海mer des Falunsが進出した。
サント・モールSte-Maure台地や北のロワール河沿いの丘のはずれなどに特に見られるファルン坑falunieresがその証拠である。
これは海産の貝類を豊富に含む広大な砂洲である。
北に向かっていた数々の水流は、海に引きよせられて西に向かうことになった。
ロワール河がオルレアンのあたりで曲がっていることはこれで説明がつく。
次いで、海はこの地域から最終的に撤退し、あとには窪んだ地形が残され、川の流れる谷が生まれた。
本流と数々の支流とがもたらす土砂の堆積により、極めて肥沃な粘土質の砂から成る、さらさらした土質のヴァレンヌVarennesと呼ばれる肥沃な大地が生まれた。
石灰岩質の河岸段丘とはじめから肥沃な土地があったことから、この地方に古くから人間が居住していたことの説明がつく。
河岸段丘は非常に古い時代から避難所として利用されていたのである。
この地方には、先史時代からガリア・ローマ時代(シェレCherre遺跡。)を経て中世(ブラン・シュル・アローヌBrain-sur-Allones.)に至る時期の遺跡が数多く存在する。
この地方の與型的な風景である、石灰岩の岩盤をくりぬいた岩窟住居habitations
troglodytiques、小さな丘の斜面でのぶどうの栽培、泥土を含んだ台地での穀物の栽培、肥沃な大地ヴァレンヌでの野菜の栽培などは、いずれもこうした基礎的地層と密接な関係がある。
一右、ソローニュ地方の湿地帯は、健康に悪く、開発にも不向きだという理由で長い間利用されないままであった。
ジョワシャン・デュ・ベレー(詩人、1522〜60)、バルザック(1799〜1850)、アラン・フルニエ(小説家、1886〜1914)、モーリス・ジュヌヴォワ(小説家、1890〜1980)といったロワール河流域出身の人々が歌いあげた昔ながらの風景は、今でも、本来の特徴を保っている。
とはいえ、戦後の都市化、町の周辺の工業地帯や商業地帯の増加などによって変容を遂げたことも否めない。
フランスの庭(Le Jardin de le France)
どの方向からロワール河流域に入ろうとも、たとえば見はるかす彼方まで平坦で単調なボース地方から、あるいは鄙びた厳しい風情のベリー地方から、緑のボカージュbocage(この地方特有の農耕牧畜地帯)をもつガティーヌ・マンセル地方(ル・マン寄りのガティーヌ地方)から近づいても、つねに、ぶどうと白い家屋と花々が出迎えてくれるであろう。
この地方は、多くの他国人にとって、生きる歓び、平和な雅趣、穏和さなどの象徴のように思われる。
しかし、だからといって、この「フランスの庭」のすべてが、花と果実に蔽われたエデンの園と思い込んではならない。
歴史家のミシュレはそれを「金の総飾りのついたフライズ(褐色の粗紡毛織物)のドレス」と定義したが、その言わんとするところは、稀に見る豊かさの故に「金の総飾り」に見立てたロワール河流域のまわりを厳しい台地が取囲んでいるが、それをいくつかの美しい植林地帯が和らげているということであった。
東はペイ・フォール地右の丘陵地帯から、西はメーヌとアンジュー両地フラのボカージュまで、ロワール河流域を踏破してみよう。
北部べリー地方(Berry septentrional)
この地方は中央高地とロワール河の流域との中問地帯にあたる。
燧石(すいせき)を含んだ粘土から成るペイ・フォール地方Pays Fortsはソローニュ地方に向けて傾斜しており、この地方の憂愁をただよわせたボカージュは作家アラン・フルニエの文学の源となった。
大きくひらけたシェール川の流域の南には、石灰岩質ながら泥土を多く含んだ広大な大地が、アンドル川までひろがっている。
シャンパーニュ地方1a Champagneとよばれるこの地域には、マルデルmardellesとよばれる掘削口が見られる。
オルレアネ(orleanais)とブレゾワ(Blesois)
ジヤンGienの下流でロワール河の川幅はひろがり、河岸段丘は低くなり、爽やかな風が吹いて、ポプラや柳の長い並木を揺さぶる。
オルレアネ地方の峡門に達すると、そこはボース、デュノワ、ヴァンドーモワ、ソローニュ、ブレゾワの各地方を総括する中心
地帯である。
サン・ブノワ地方で、草原になってしまった感のあるロワール河流域は、そのあと、「レーlayes」とよばれる沖積土層を利用して、園芸栽培、苗木育成場、ばら園などがつくられている。
暖房装置付きの温室も数を増している。
日当たりの良い土地には果樹園やぶどう畑も見られる。
オルレアンからショーモンまで、ロワール河は、北部ではまずボース地方の石灰岩質に、次いで燧石白亜層とチュフォー岩(砂質の白亜)に食いこみ、南部では自らが運んできた砂を洗う。
この土砂層はアスパラガスや野菜の栽培に適しているばかりでなく、深い藪を生み出し、フランスの諸王に狩猟を楽しませた。
ブロワから先は、ブロワ、シャンボール、シュヴェルニー、ショーモン等々壮大な城が姿を現す。
小麦の穀倉地帯であるボース地方1a Beauceは、木がなく肥沃な泥土層で薄く蔽われていて、ロワール河とル・ロワール川の美しい流域の間に展開しているが、ラ・プチット・ボース(小ボース)地方のあたりで、泥土が姿を消しはじめ、代わってマルシュノワールの森の粘土層になる。
ソローニュ地方Sologneとオルレアンの森Foret d0r1eansでは、木立、池と若干のやせた耕地が交互に姿を現す。
トゥーレーヌ地方(Touraine)
バルザックは、小説「谷間の百合」の冒頭部で、フェリックス・ド・ヴァンドネスに次のように語らせている。
「トゥーレーヌ地方がどうして好きか、もう問いつめないでください。
私が好きな訳は、生まれ故郷が好きだとか、砂漠のオアシスが好きだというようなものではなく、芸術家が芸術が好きだというのと同じなのです。」
ロワール河流域の恵まれた豊かさは、すでに光輝く柔和な環境の虜となっている旅行者の心を一層魅了する。
金色に輝く砂州の間をゆるやかに流れる青いロワール河の河底は、チュフォーとよばれる柔らかい白亜層を掘り下げていった。
ロワール河と平行して、主流が見捨てた跡地に、シェール川、アンドル川、ヴィエンヌ川、シス川la Cisseといった支流が流れ、点々と残された沼地は「ボワールboires」とよばれている。
アンボワーズからトゥールにかけての河岸段丘の燧石を含んだ白亜層にはぶどうが植えられ、ヴーヴレーVouvrayやモンルイMontlouisが特に名高い。
白いチュフォーの岩をうがって建物が造られ、岩窟住居になっている。
ロワール河とヴィエンヌ川の間にひろがる美しいヴェロンVeron地方では、庭園と畑にまじって中天高くそびえるポプラ林が見られる。
ル・ロワール川とロワール河の中間に位置するガティーヌ・トゥーランジェルGatine tourangelle(トウール寄りのガティーヌ)地方はその昔大きな森で蔽われていたが、耕地に変えられてしまった。
しかし、ところどころに下草の生い茂る広い耗地やシャンドレーの森とかべルセの森といった森が残されている。
シャンペーニュ・トゥーランジェルChampeignetourangelle(トゥール寄りのシャンペーニュ)地方にはくるみの木が点在する農地のほか、ブルーアールの森、ロッシュの森、モントレゾールの沼地などがひろがっている。
モント.リシャール台地とサント・モール台地はシャンペー二ュ地方によく似ている。
アンジュー地方(Anjou)
アンジュー地方には、トゥーレーヌ地方と同じく、自然地理的統一性がほとんどないが・デュ・べレーがほめそやしたアンジュー地方の温和さは作り話ではない。ロワール河の右岸にはヴァレンヌ・ド・ブールグイユvarenne de Bourgueilとよばれる肥沃な地方がひろがり、名高いぶどう畑の間を野菜畑が埋めている。
ブールグイユのぶどう畑は松林のある砂地
の丘陵地の麓にひろがっている。
柳に縁どられたオーチヨン川1Authionとロワール河との間には緑豊かな牧草地と野菜・花卉・果樹の実り豊かな栽培地が混在している。
アンジェの下流地帯ではクーレ・ド・セランcou1ee de Serrantとよばれるぶどう栽培地区がある。
ソーミュロワ地方Saumuroisは、ロワール河南岸の、フォントヴローやモンソローのあたりから、ドゥーエ・ラ・フォンテーヌおよびレヨン川流域までひろがる心地よい地方だが、森林、平野、丘陵の三つの顔をもっている。
ぶどう畑に蔽われた丘陵地帯ではソーミュールの名を冠したすばらしい白ワインが生産されている。
シェーヌユット・レ・チュフォーのあたりのロワール河畔の断崖には数多くのマッシュルーム栽培場が設けられている。
北側には、シェーヌ(楢や樫)、松あるいは栗林のほか、親しみやすい魅力を秘めた休耕地をもっボージョワ地方の砂地がひろがっている。
アンジェのあたりからアンジュー・ノワール(黒いアンジュー〕地方の大地が姿を現しはじめ、スレートを多く含んだ大地はアンジュー・プラン(白いアンジュー)地方の石灰岩と好対照をなす。
風景は緑に包まれるようになり、ボカージュの王国である。
スグレ地方のボカージュやモージュ地方は生垣で分断され、縦横に走る窪んだ道を行くと、緑の木蔭に隠れるようにして建つ、小さな低い農家にたどりつく。
アンジェの周辺には苗木育成場と花卉栽培場が多い。
メーヌ地方(Maine)
本書ではメーヌ地方の南部のみを対象とする。
マイエンヌ川1a Mayenneとウードン川1`Oudonの流域はパ(低)・メーヌ弛方Bas-Maine・あるいは「黒いメーヌ(メーヌ・ノワール)地方」とよばれており、砂岩、花嵩岩、スレートが多く、緑豊かなボカージュの国である。地理的にはアルモリック山塊の一部i当たる。
オ(高)・メーヌ地方Haut-Maineは、サルト川1a Sartheとユイーヌ川l`Huisneの流域に相当し、石灰岩質の地質であることから「白いメーヌ(メーヌ・プラン)地方」とよばれる。
ロワール河流域は依然として驚くほど恵まれた地方で、住民にまずまずの安楽な暮しを確保している。
昔の特産物
ガーティネ地方のサフラン、ブールグイユ地方のアニス、コリアンダー、甘草、茜紅などは、ルイ十一世の手でトゥーレーヌ地方にもたらされた桑の木や蚕と同様、いまでは姿を消してしまった。
トゥールの下流のブレエモンや、アンジェの先のベユアールの麻畑もまた活動を停止し、それに伴って麻縄製造業も姿を消した。
手工業も消滅。
たしかにヴィレーヌでは柳の若枝が今もなお製籠職人の指の下で柔らかく曲げられて細工されてはいるものの、樽造りの職人や車大工、木靴職人などの数は少なくなったし、ムーヌMeusnesあるいはヴィラントロワVillentroisの燧石も火砲用に加工されることはなくなった。
森の縁のあたりにかつて多く見られた鍛冶屋も姿を消し、レヨン地方の炭鉱も採掘されていない。
アンジェとアンスニにあった造船所や麻の製帆業も、ロワール河の水運業と共に絶えてしまった。
トレラゼのスレートはきびしい競争にさらされながらも依然として生産されているが、トゥーレーヌ地方の家屋に純白の輝きを与えていたチュフォーとよばれる石材を産出するプーレやポンルヴォワの石切場に昔日の面影はない。
これら一連の古い産業の役割は博物館の展示品を通して偲ぶことができる(マン・シュル・ロワールやリュセ・ル・マールの火打ち石博物館、トレラゼのスレート博物館、モンジャン・シュル・ロワール民俗環境博物館)。
長い伝統を受け継いだ農業はその重要性を守り続けている。
ルネッサンス期に導入されたいくつかの果実もその名声が遺産としてひき継がれているのである。
美味しい果実
自然に完熟する果実の味は他に類をみない。
天の恵みの賜物である果実の大部分には王族の名前がつけられている。
プラムの「レーヌ・クロードReine-Claude」種はフランソワー世の王妃であったクロード・ド・フランスに由来するものであり、「ボン・クレチヤンBons-chretiens(善いキリスト教徒)」という名の洋梨は、聖フランソワ・ド・ポールがプレシ・レ・トゥールにあった国王ルイ十一世の果樹園に植えた株に始まることからその名がある。
「この洋梨は楽冨の果実を思い描いた善意を示すものである」と、1477年、フィレンツェのフランチェスコ・フローリオは述べている。
この品種はルイ十一世の財務宮をつとめたジャン・プーレの手でトゥーレーヌ地方からアンジュー地方1こ導入された。
特に優れた昧覚を誇るこの洋梨には、「ド・ムッシューdeMonsieur」(殿の洋梨)、「ウィリヤムWilliam」(アンジュー地方の特産)、「パス・クラサーヌPasse-Crassane」、「プーレ・アルディBeurre Hardy」といった競争相手がある。
「メロンさまさまMessieurs les melons」は、シャルル八世に仕えたナポリの庭師によってロワール河畔に持ちこまれた。
1541年にチボー・ルプレニェは、「われわれの庭園には、プーポン(メロン)、コンコンブル(西洋きゅうり)、シトロール(西洋かぼちゃ)、グーグールド、シュクラン(メロン)、ムロン(メロン)、レフォール(ホースラディッシュ)があります」と述べている。
一方、詩人ロンサールは、サン・コームにあった「トゥーレーヌ地方特産のアルティショー(朝鮮あざみ)、サラダ菜、アスペ
ルジュ(アスパラガス)、パストナード、ペポン(メロン)」を称えている。
くるみと栗も台地部にみられ、くるみの木からは香りの高いくるみ油と珍重される良材が得られ、栗の実(マロン)は夕べの団樂で焼粟になる。
温室栽培、灌潮、新品種の導入によって、現在の農業は活気をとり戻している。
たとえばりんごでは在来種の「レーネット・デュ・マン」とよばれる品種に代わって、より生産性の高いゴールデンとかグラニーとよばれるアメリカ生まれのりんこが栽培されるようになった。
プリムール(初物野菜/Les primeurs)
初物野菜はロワール河流域の特産になっている。
パリ地方より15日も早く収穫できるため、ヴィヌイーユやコントル産のアスパラガス、ソーミュール産のじゃがいも、トゥーレーヌ地方のアリコ(いんげん)、アンジェのアルティショーといった初物野菜がパリのランジス市場に向けて大量に出荷されている。
この地方で生まれたものにシャンピニョン(マッシュルーム)の人工栽培があり、モントリシャール、モントワール、トゥール、そして特にソーミュール近辺のチュフォーの石切場で栽培が行われている。
このほか、オルレアン地方で大規模な温室を利用して行われているレタス、西洋きゅうり、トマトの見事な栽培を指摘しておこう。
花卉と苗木栽培
ロワール河流域の家々は、カリブ海のサント・ドミンゴの長官をつとめたベゴンBegonによってもたらされたベゴニヤを植えた鉢や、カプシーヌ(のうぜんはれん)の植込み、大きな藤色の花の房をつけた藤などで彩られている。
あじさい、ゼラニウム、菊が栽培されている温室や、オルレアン・ラ・スールス、オリヴェ、ドゥーエ・ラ・フォンテーヌのばら園も名高い。
ブレゾワ地方では、ソワン周辺でチューリップ、グラジオラス、百合が栽培されている。
苗木栽培場もロワール河の沖積層を利用して数多く存在する。
ヴェロン地方やプールグイユ、アンジェ周辺の軽土層では、アルティショー、たまねぎ、にんにくの種子採取用の栽培が行われている。
シュミエChemil1eでは、ぶどうの害虫フィロクセラ(ネアブラムシ)が発生した時からひろまった薬用植物の栽培がふたたび注目を集めている。
家畜、家禽の飼育
牛、羊、豚の飼育
牛は乳牛の場合は、シャンペーニュ地方やガティーヌ地方の乾草を利用して牛舎で飼育されるが、河川の流域一帯やメーヌ地方、アンジュー地方やトゥーレーヌ地方のボカージュでは乳牛、肉牛ともに牧草地に放牧される。
牛の種類は、ノルマンディー種、メーヌ・アンジュー種、ピー・ノワール種など。
ショルテー地方ではシャロレー種の白色肉牛の肥育が行われている。
牛乳の生産は次第にトゥーレーヌ地方の河川流域に局地化する傾向にあり、アンジュー地方のボカージュや、モージュ地方では、白と黒のぶちのあるフランスのフリースラント・ピー・ノワール種の乳牛の数が増えている。
羊の放牧場は高メーヌ地方の石灰岩質の台地にひろがっており、青黒い頭をもったブルー・デュ・メーヌとよばれる種類が特に目につく。
豚はどこでも飼われているが、トゥーレーヌ、メーヌ、アンジューの各地方に特に多い。
ヴーヴレーやトゥール、メーヌ地方、アンジェ特産のリエットrillette(豚の脂身のパテ)やリヨンril1on(豚の骨付き肉のラード煮込みの冷製)などがそれをよく物語っている。
山羊の飼育も評判が高く、需要がたかまっているチーズを生産するためかなりの伸びを示している。
西部地方では家畜市がひらかれて活気にあふれた光景が見られる。
クランの豚市、シャトー・ゴンティエの仔牛市、シュミエやショレの有角家畜市などが名高い。
養禽
養禽はかなり発達しており(サルト県のルーエの食肉鶏など)、この伸びは、農業食品加工業と協同組合の発展と密接に結びついている。
馬の飼育
数多くの種馬牧場が純血種の馬と競走馬の飼育に当っている。
ソーミュール近郊のサン・ティレール・サン・フロランにある国立馬術学校とカードル・ノワールCadre Noir(黒い制服を着た同校の馬術教官団)が盛大な馬術の伝統行事を受けついでいる一万、数多くの小さな町が競馬場をもち、地方の乗馬協会が馬術愛好熱の発展に寄与している。
ロワール河流域では産業が主要な役割を果たしているわけではないが、それでもすべての町で産業の分野の拡大が認められる。
特に、農業製品と乳製品の加工業の発達が目立つ。
こうした農業食品産業は現在隆盛をきわめており、コヌレのリエット、サブレの食肉、シェレのSOCOPA社のハンバーグ・ステーキ用香辛料などが知られている。
シャトーダンとヴァンドームを除き、主な産業の中心地は、ジヤン、シュリー、サン・ドニ・ド・ロテルSt-Denis-de-1Hotel、オルレアン、ボージャンシー、メールMer、ブロワ、アンボワーズ、トゥール、アンジェのように、いずれもロワール河沿いにある。
このように、近年の工業化は大都会に限られることなく、田園地帯の活性化に役立っている。
ショルテー地方1e Cho1etaisがその好例である。
オルレアン、トゥール、ショレにはミシュラン社のタイヤ製造工場が建設された。
原子力発電所もアヴォワーヌ・シノン、ベルヴィル・シュル・ロワールBe1leville-sur-Loire、ダンピエール・アン・ビュルリ、サン・ローラン・デ・ゾーなどで稼動している。
サービス業部門
ル・マンを中心とした保険業、トゥールやオルレアンの会議場、豊富な観光資源などが投資家たちの関心をひきつける要素になっている。
文化財、森林、河川観光、総延長570qに及ぶ遊覧航行可能の水路、レジャー用公園の増加なども人びとの関心をひきつけ、活動の中心になっている。