足助の町並散策  場所の地図

 足助を通る現在の国道153号は、江戸時代には伊那街道、明治以降には飯田街道と呼ばれた街道で、中山道の脇往還として庶民の生活にとって重要な道でした。 この街道は三河湾で採れた塩や海の産物を信州や美濃地方へ運び、帰りには山の産物を持ち帰って、尾張や三河方面に送り出していました。天保年間(1830〜43)には塩問屋が14軒もあったといわれています。
 足助の町並は、戦国時代には原型が形成され、江戸初期には今のような町割りが出来上がりました。現在の町並は、安永4(1775)年の大火後に、防火を意図して漆喰で軒先まで塗り固めた塗籠造りの町家が建ち並び、今日にその面影を伝えています。妻入りや平入りの変化に富んだ家並みが約2Kmにわたって続き、平成23(2011)年6月、愛知県で初めての国の重要伝統的建造物群保存地区(通称:重伝建)に選定されました。
 そんな町並の散策コースがパンフレットに紹介されていましたので、そのコースに従って歩いてみました。

寛政11(1799)年に建てられた常夜灯 往時を偲ぶ唯一の旅館である玉田屋 弘化3(1846)年の道標
黒塀が美しいマンリン小路 県有形文化財の足助中馬館(旧稲橋銀行) 中馬館(足助の金融に関する博物館)内の展示
江戸末期から明治にかけての塩問屋「莨屋」 足助川から見た足助の町並 六地蔵公園
≪平成28(2016)年3月23日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成28年3月27日(日):第1806号】