新城市鳳来支部仏教会の無住寺院@

 新城市鳳来支部仏教会の加盟寺院は29ヶ寺あります。その中に無住寺院は10ヶ寺を超えます。今回は、無住寺院の中でまだ取り上げていない5ヶ寺です。

医王院  場所の地図
 鳳来寺山医王院は、真言宗の寺院で、鳳来寺へ至る1,425段の石段の途中にあります。医王院をすぎると鳳来寺はもうすぐです。松高院にある説明文から、万治元(1658)年、徳川家綱により建立されました。
 現在の医王院は、寺院の体裁を残す本堂はありますが、廃墟同然です。窓や扉は壊れ、雨風が入り込む状況で、このままいけば今後この建物は朽ち果てていくしかありません。

東側石段から見た医王院 西側から見た医王院
≪平成28(2016)年2月11日撮影≫

松高院  場所の地図
 鳳来寺山松高院は、真言宗の寺院で、鳳来寺へ至る1,425段の石段の半分をもう少しすぎた所にあります。
 山門に次のように当山に関する説明がありました。

 松高院の創建年月は不詳とされているが、ほぼ同格と目されている医王院が万治元(1658)年、徳川家綱の建立となっているから、その前後に開創されたものと思われる。
 徳川時代に刊行された参州鳳来寺絵図によると、松高院は東照宮の南方下側、現在の鳳来寺宿坊の辺にある。東照宮に最も近接していた関係もあって、代々東照宮の守役を仰せつけられていた。後年、ここが廃寺となって参道中腹の現位置へ移された。
 現在松高院の在る所は増す道院の跡で、徳川全盛時代には将軍家綱の側室の仮寓といわれている。今残っている山門が、かなり結構な造作である点などからも、それが類推される。
 南設楽郡誌によると、松高院は天台学頭で150石、医王院が真言学頭で100石となっているが、元来鳳来寺は、真言・天台兼併の寺院であったから、松高院と医王院が交互に3年ずつ学頭をつとめていたのであった。
 明治2(1869)年に至り、松高院は真言の金剛峰寺の末寺に定着して、鳳来寺山松高院の寺号が授けられた。

 説明から、由緒ある寺院ということがわかります。無住寺院になってからかなりの年数が経ちます。今後の松高院はどうなるのでしょうか? 

石段沿いにある山門 本堂
≪平成28(2016)年2月11日撮影≫

医徳寺  場所の地図
 仏厳山医徳寺は曹洞宗の寺院で、新城市海老の松下地区にあります。
 一見して寺院とはわからない造りですが、玄関には寺号を示す立派な扁額が掲げられています。医徳寺の裏には、多くの石仏が並んでおり歴史を感じさせます。

県道からの参道 医徳寺玄関
玄関に掲げられている寺号の扁額 医徳寺の裏には多くの石仏が
≪平成27(2015)年6月5日撮影≫

大林寺  場所の地図
 桂巌山大林寺は曹洞宗の寺院で、新城市四谷地区にあります。ちょうど四谷千枚田【第67号】の奥にあり、美しい千枚田を見下ろすことができます。

大林寺本堂 境内にある地蔵様
≪平成27(2015)年6月5日撮影≫

慶蔵院  場所の地図
 萬年山慶徳院は曹洞宗の寺院で、新城市富保地区にあります。昭和44年(1969)頃より無住です。境内にあるしだれ桜は、3月下旬から4月上旬に美しい花を咲かせます。

山門 本堂
≪平成27(2015)年6月5日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成28年2月18日(水):第1768号】