丸山喜兵衛翁頌徳碑  場所の地図

 鳳来寺山へ登る登山道入口にある鳳来寺自然科学博物館【第243号】前に、旧鳳来町政に莫大な功績を残した丸山喜兵衛(1884-1968)翁の頌徳碑が建っています。
 碑の前に、碑文に刻まれた文の解読が次のようにあります。

 翁諱(おうい)喜兵衛、明治17(1884)年此の地に生る。人となり悃幅性寛裕自ら持すること峻厳、人に接するや遜譲恭謙、志操亦貞実、しかも遠識高達の才を有し、幼にして学術優秀、八名高等小学校、県立第二中学校、東京府立第四中学校、東京帝国大学林業実科に学び、いよいよ研鑽、帰郷後、専ら山林経営に出精、側ら大日本山林会監事、愛知県山林会幹事、同森林組合連合会長、同農業会八楽支部長、郡模範造林組合管理者等の要職に在り、専ら山林業発展に精魂を尽くし、此の間山林課税の改善、木材関税引き下げ問題に活躍、其の目的を達成、又、名刹鳳来寺信徒惣代として其の復興に心魂を傾け、国有林払い下げ、鳳来寺女子高等学校の創設の偉業を残し、更に門谷小学校のため、運動場の提供、新校舎の建設等数度に亘り、多額の私財を投じて設備を整え、教育効果の向上、郷族永遠の福祉を図り、猶村長として道路の開築を進め、自ら率先量機を駆使して完璧を期し、上司に訴え今日の良道を墾く。
 其の他、産業組合の設立、田口鉄道の開設、鳳来寺自然科学博物館の建設等、莫大な私財と多大な日時を費やし、郷土のために貢献せられ、各種団体よりの受賞百回に及び、昭和32(1957)年黄綬褒章、同35(1960)年紺綬褒章、同38(1963)年鳳来町名誉町民、同40(1965)年勲五等瑞宝章を授けられる。
 此処に区民相諮り頌徳碑を建立し其の徳を頌(わか)たんとする所以なり。             昭和44(1969)年9月5日

 ここに記されているように、丸山翁は、郷里である門谷村及び鳳来町で家業である林業の振興にとりくみ、郡会議員や村長などを歴任し、,鳳来寺の復興、田口鉄道の敷設、後に鳳来寺高校【平成23(2011)年3月31日をもって閉校】になる鳳来寺女子高等学園や鳳来寺山自然科学博物館の設立につくしました。旧鳳来町にとってかけがえのない偉人といえます。その功績をたたえ、このような大きな碑が建てられた次第です。 

頌徳碑 碑のアップ
≪平成28(2016)年1月3日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成28年2月9日(火):第1759号】