新城・法性寺(ほっしょうじ)  場所の地図

 昨日紹介した野田城址【第1726号】の道路を隔てた東側に、曹洞宗龍谷山法性寺があります。参道に法性寺に関する次の説明がありました。

 法性寺は、野田城廃城後、当地にあったため池を移し、野田領主嶋田家の菩提寺として万治元(1658)年に建立されました。大門は享保4(1719)年、野田城の門を移築したものです。明治5(1872)年まで寺子屋を置いており、その後も、豊島保育園として、長年にわたり子育ての拠点でした。

 法性寺の大門をくぐると、野田城戦死病没者慰霊供養塔 が建てられています。そしてさらに本堂の方へ向かうと、「信玄が鉄砲で撃たれたという場所」の方広を示す案内があり、その方向にある坂道を登ると、【第1726号】にあった同じ説明があり、2体の石祠と1体の供養塔があります。野田城から発射された鉄砲の弾玉により、ここで信玄は撃たれたということです。歴史のロマンを感じます。

法性寺大門 野田城戦死病没者慰霊供養塔
本堂 信玄が鉄砲で撃たれたという場所にある石祠
≪平成28(2016)年1月5日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成28年1月8日(金):第1727号】