福井城址  場所の地図

 JR福井駅のすぐ北側に福井城趾があります。お城じたいはありませんが、城壁やお堀などその名残を示すものが多く残っています。城趾は、現在福井県庁と福井県警本部の建物が建っており、それらの建物の間をぬって、各種モニュメントや史跡があります。

 福井城趾に関する説明が、次のようにありました。
 ここは、福井城の本丸跡で、周囲の内堀は往時のままです。福井城は慶長6(1601)年〜11(1606)年に徳川家康の次男、結城秀康によって築城されました。秀康時代の福井城の建物は寛文9(1669)年に焼失し、それ以来再建されることはありませんでした。

 また、結城秀康公の銅像前には、秀康公に関する次の記述がありました。
 慶長5(1600)年関ヶ原の戦いの後、越前68万石の大名となった秀康は、翌6年に北庄(後の福井)に入り、新しい城の建設と城下町の大改造に着手しましや。多くの民の力と汗に支えられ、およそ6年の歳月をかけて完成した城下は、都市としての原形をかたちづくり、今日の福井市発展の礎となりました。
 天守閣跡にある「福の井」は、福井城築城以前から存在し、寛永元(1624)年、北庄から福井と改称されますが、その由来はこの井戸にあるといわれています。

城趾を示す石垣とお堀 結城秀康公の銅像
「福の井」井戸の深さ5.7m、水深1.9m 天守閣跡
≪平成26(2014)年6月12日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成26年6月26日(木):第1166号】