新城・釜屋建民家  場所の地図

 桜で有名な桜淵公園の南側300m、別所街道の南側に今日紹介する「釜屋建民家」があります。やや高台になった公園の中に、ひっそりとこの民家は建っています。平日昼間のため、回りにはだれもいなく、民家だけが自然のみどりに囲まれて浮きあがっていました。
 「釜屋建民家」は、豊川流域から静岡県の天竜川下流域にかけて分布する民家で、江戸期から明治初期にかけての農家の住まいで、全国的にもこの地域特有の建物です。主屋と釜屋の二棟からなっていて、主屋は平入り、釜屋は妻入り、どちらも寄せ棟造りで、二つの棟の方向がT字型になるように作られています。
 建物の前に、次の解説がありました。

 新城市指定文化財 (建造物)釜屋建民家 昭和60(1985)年5月31日指定
 本民家は西側の主屋部分を中宇利地区から、東側の釜屋部分を庭野地区から移築して復元した建物である。この主屋の天井に「天保」の墨書きが発見されたことから、19世紀前半に作られたと考えられている。
 建物構造は木造茅葺き平屋建てで完全分離型の2棟から成り、天竜川から豊川流域に見られた代表的な農家住宅の建築様式とされる。屋根の棟の方広が「T」の字に交わるところに、特徴がある。規模は主屋が桁行4間、梁間3間半で、釜屋が桁行3間半、梁間2間半で釜屋側に出入口が設けられ、建築面積はおよそ94uを測る。
 主屋は「田の字型」の間取りで、南東の「おおえ」は客間、南西の「おでえ」は上客の間、北西の「おへや」は寝室、北東の「おかって」には板敷で囲炉裏がある食事場に、それぞれ生活の場として使用される。
 釜屋は台所やにわ(土間の作業場)をはじめ、風呂、馬屋など食や生産に結びついた場となっている。    新城市教育委員会

「釜屋建民家」全景 南東方向から 北東方向から
北西方向から 南西方向から 玄関
≪平成26(2014)年6月3日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成26年6月4日(水):第1144号】