彦根城  場所の地図

 現在天守閣が残る城は、弘前・松本・丸岡・犬山・彦根・姫路・松山・松江・丸亀・松山・宇和島・高知の12城あります。すでに、松本【24.11.13:第576号】・丸岡【25.6.19:第794号】・犬山【23.9.29:第165号】の3城には訪れています。今回、その4つ目の城である彦根城に行く機会がありました。

 彦根城の歴史は、彦根観光協会のHPを参考に次のようにまとめました。
 彦根城築城は、徳川家康の命により佐和山城を一掃するため、慶長9(1604)年より着工され、20年の歳月をかけて築城されました。天守は大津城から、天秤櫓は長浜城から移築、天守は2年足らずで完成しましたが、城郭の完成は元和8(1622)年とされています。 この間、井伊直孝は大坂冬の陣で兄直継に代わって出陣し、その功績によって家督を継ぎました。直孝は、秀忠、家光、家綱の三代にわたって、将軍の執政となり、幕府政治確立にも貢献、これらの功により3回加増され、譜代大名としては例のない30万石となりました。
 彦根城は、明治に解体の危機にみまわれました。しかし、今も往時の面影が今日によく残っているのは、明治天皇が明治11(1878)年、北陸巡幸を終え、彦根を通られたときに、保存するようにと大命を下されたからでした。この件に力を貸したのが、天皇が近江町長沢の福田寺で小休止されたとき、住職摂専夫人で、天皇の従妹(いとこ)にあたる邇q(かねこ)が奉上したとの説は昨日紹介しました。

 広大な敷地と高台に立地する彦根城の観光にはたっぷり半日はかかりました。天守閣をはじめ、いくつかの櫓内を直接見学できるため、当時の建築様式のすばらしさを実感できます。いくつもの見どころがあり、パンフレットを参考に次のように見て回りました。
 @二の丸佐和口多聞櫓 明和8(1771)年に再建。内部無料公開。
 A馬屋 城内に残る日本で唯一の馬屋。昭和43(1968)年解体修理。
 B埋木舎(うもれぎしゃ) 井伊直弼が青春時代を過ごした館。月曜休館のため館内の見学はできませんでした。
 Cいろは松 47本あったが現在は33本。
 D玄宮園 城の北東にある大名庭園。延宝5(1677)年造営。彦根城天守との共通拝観¥600。
 E楽々園 旧藩主の下屋敷。延宝7(1679)年完成。
 F天守 石垣の上にある3階三重の天守閣。急な階段を上って最上階へ。
 G西の丸三重櫓 西のはずれにある櫓。内部無料公開。
 H太鼓門櫓 本丸へ登るための最後の櫓
 I時報鐘 日本の音風景百選に撰ばれている鐘楼
 J天秤櫓 表門から登る最初の櫓。天秤の形をしている。
 K表門橋 平成16(2004)年蘇った表門の橋。
 L彦根城博物館 昭和62(1987)年に開館した表御殿の復元と彦根城の歴史を展示する博物館。入館料¥500。

@ 二の丸佐和口多聞櫓 A 馬屋 B 埋木舎
C いろは松 D 玄宮園 E 楽々園
F−1 天守 F−2 天守閣内部 G 西の丸三重櫓
H 太鼓門櫓 I 時報鐘 J 天秤櫓
K 表門橋と彦根城の石標 L−1 彦根城博物館全景 L−2 彦根城博物館内の庭園
≪平成26(2014)年3月17日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成26年3月21日(金):第1069号】