吉田城址  場所の地図

 豊橋の地は、中世から江戸時代までは、「吉田」といわれ、「吉田宿」は、東海道五十三次の一つにもなっています。
 現在の吉田城は、豊橋公園として整備され、本丸の鉄櫓(くろがねやぐら)が復元され、吉田城の名残を残しています。

 吉田城の歴史が次のように案内されていました。
 吉田城ははじめ今橋城と称し、永正2(1505)年に築城された。以来東三河の要衝として今川・武田・徳川ら戦国武将が攻防を繰り返した後、天正18(1590)年に池田輝政が入封し15万2千石の城地ふさわしい拡張と城下町の整備が行われた。しかし、輝政は在城10年で播磨姫路に移封され、のちに入封した大名は譜代ながら少禄のため輝政によって大拡張された城地も未完成のまま明治に至った。 

復元された吉田城鉄櫓 城の石垣が残る吉田城本丸入口
≪平成25(2013)年8月18日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成25年8月20日(火):第856号】