豊橋・賀茂神社  場所の地図

 賀茂しょうぶ園でハナショウブを観賞後、すぐ北側にある賀茂神社を参拝しました。
 賀茂神社は由緒ある神社で、全景図に次の説明がありました。

 永禄11(1568)年、徳川家康、遠州入国に際し参詣、武運長久を祈願し日本一の大籏を奉納する。
 天正元(1575)年、家康野田城の戦いに利有らず。当社に難をさけ、大楠の空洞に身を寄せ、一命を完うす。
 慶長8(1603)年家康天下を平定し征夷大将軍となるや朱印百石を寄進す。

 賀茂神社の社殿前には、徳川家康が身を寄せた御神木の大楠が、神社入口にはカツラの巨木が、またしょうぶ園から神社へ向かう参道途中に、豊橋市指定文化財である「神山古墳」があります。
 鬱蒼とした杜の中にある賀茂神社は、徳川家康が身をよせ命が助かったというだけあって、なぜか霊気を感じます。

賀茂神社参道 賀茂神社拝殿
     御神木「大楠」について

 この御神木は楠にして、樹齢凡そ千年以上と推定される。往古は枝葉天を覆う巨大なりしも、落雷・台風等により損傷し樹勢とみに衰えて今は僅かに空洞の一部を残すのみとなれり。天正元年1月7日、徳川家康公野田城の合戦に敗走してこの御神木の空洞に潜まれてあやうく危地を脱せしと言う。公、これ御神霊の御加護と崇敬、浅からず。関ヶ原戦後、天下を掌握するや、慶長8年9月神領高百石の御朱印状を寄進される。
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     賀茂神社のカツラ

  本市のカツラの中では大きい。
  湿地を好む。
  雌雄異株。


  幹周 170cm 高さ 11.1m
  枝張り 9.9m×12.1m
  推定樹齢 60年以上

 
豊橋市指定史跡 神山古墳
 
 この古墳は円墳で、墳丘の東側と南側が旧間川にけずられて急な斜面となっていますが、ほぼ完全な形で残されている市内では貴重な古墳です。規模は直径28m、高さ3.5mで円墳として県内有数の大きさです。
 造られたのは6世紀前後と考えられ、豊橋市北部をおさめた有力者の墓と推定されます。かつて、この古墳の付近には前方後円墳と伝えられる弁天塚古墳や大塚古墳(埴輪が出土)をはじめとするいくつかの古墳がありましたが、現在残っているのは神山古墳だけです。
 この古墳は、別名「竜神古墳」とも呼ばれています。これは古墳の周囲にかかる桐が竜のような姿になって昇天すると言われるところからつけられた名前です。
≪平成25(2013)年6月6日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成25年6月8日(土):第783号】