新城・荏柄(えがら)天神社  場所の地図

 一昨日紹介した医王寺の南200mの所に、荏柄天神社があります。この神社の本殿のあるところは、小高い丘になっており、長篠の戦いにおいて武田軍の陣地になりました。そのことに関する解説が次のように神社内にありました。

 天神山陣地 2千人
 一条信龍 山梨・西八代・上野の城主、信玄の弟
 真田信綱 長野・小県・松尾の城主、幸隆の長子
 真田昌輝 信綱の弟
 土屋昌次 山梨・中巨摩・島上条に住む
 ・東方に長篠城を望み、また西方の設楽原方面が監視できる場所である。この陣地から長篠城を盛んに攻めた。
 ・5月13日の夜、大手門の前へ望楼を建て城中を見おろそうとしたが、城中からの鉄砲で壊された。
 ・同20日、豊川を渡って設楽原へ進出し、連吾川上流付近へ陣をしく。
 ・同21日、織田・徳川軍との決戦、真田兄弟・土屋昌次は戦死した。

 また、この神社の本殿は、元禄11(1698)年に、旗本一色氏の旧領である下総国(現千葉県)から現在地に遷宮造営されました。桃山建築装飾の名残をよくとどめているため、新城市指定文化財として平成4(1992)年に指定されています。

 このように、長篠城の近辺には、長篠の戦いにちなんだ所が数多くあります。今後も一つ一つその場所を訪ねてみようと思っています。

天神社参道入口 天神社本殿
≪平成25(2013)年5月13日撮影≫

 釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成25年5月24日(金):第768号】