千種公園・平和祈願碑  場所の地図

 昨年6月、美しく咲く千種公園のゆり園【平成24年6月6日(水):第416号】を紹介しました。たまたまこの時期に、同じ公園の近くをとおりかかったため、2月のゆり園がどうなっているか見に行きました。ゆり園は、きれいに手入れがされておりました。植え付けが終わり、発芽を待っている状態のようです。今年の6月には、また美しいユリの花を見ることができることでしょう。
 ゆり園を確認後、公園の中に、いくつかのモニュメントがあることに気づきました。近寄って確認すると、名古屋空襲に関するモニュメントでした。名古屋空襲の実態を私たちが正しく認識するとともに、末永く平和を祈願していきたいと思います。

 (モニュメントの前面にある説明文より)

 第2次大戦の末期、再度の名古屋空襲は、この地にあった名古屋陸軍造兵廠千種製造所に甚大な被害を与えた。この碑は、その爆撃による痕跡を残す外塀の一部を移設し、戦争の記録として残したものである。
      昭和63(1987)年1月
名古屋空襲の痕跡を残す外塀
(記念碑前面:文面縦書き)
   ここに    涙あり
   されど    平和は   永遠に
    名古屋市長   杉戸 清
(記念碑裏面)
 ここは元名古屋陸軍造兵廠千種製造所の所在地であって、大正8(1919)年開所以来、兵器を製造して国家の要請に応え、多大の貢献をした由緒ある地である。太平洋戦争において、全従業員は祖国愛に燃えて職域を固守したのであるが、不幸にして昭和20(1945)年3月以降、数度の爆撃を蒙って69名の犠牲者を出し、これに戦前の公務による死亡者5名を加えて、計74名の殉職者を出したことはまことに痛恨の極みである。
 ここに有志相図り、旧構内にこの碑を建立して記念とし、あわせて永遠の平和をこい願うものである。    昭和43(1968)年6月
 元名古屋陸軍造兵廠千種製造所関係者有志一同
杉戸清元名古屋市長揮毫による平和祈願碑
≪平成25(2013)年2月14日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成25年2月15日(金):第670号】