大桑城跡  場所の地図

 【平成25年1月14日(月):第638号】で紹介した羽布城跡の説明文において、「元亀・天正(1570年)の頃、羽布城は大桑城とともに、甲斐の武田軍に攻められ落城したと伝えられています。」とありました。その大桑城は、羽布城址から南側500m程の所にあります。両城址とも高台にあり、当時はお互いに見渡せたことと思います。
 城址の入口には、次の説明看板がありました。現在、城址は豊田市立巴ヶ丘小学校の北側にあり、小学校とあわせて遊歩道がきちんと整備されています。

豊田市史跡 大桑城跡   豊田市教育委員会
 大桑城は、巴川と大桑川の合流地点南方の高所に築かれた中世の山城です。城主は常には山を下りた平坦な場所に住んでいました。そして戦になるとこの城を拠点に敵と立ち向かうことになります。
 この城をめぐる戦が多かったことは、「東照軍艦」の記述にあり、天文19(1550)年、駿河の今川義元に従わない者の中に城主の名前が出てきます。また、永禄8(1565)年、徳川家康が大沼、田代へ出陣したときに、大桑の城主を引き付けて帰陣したとあります。その後、戦は厳しさを増し、大桑城は甲斐の武田軍に攻め落とされたといわれています。

大桑城があった小高い山 山頂にある城跡の表示
遊歩道から城跡をのぞむ  整備された遊歩道
≪平成25(2013)年1月26日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成25年1月27日(日):第651号】