安祥文化のさと  場所の地図

 安城市北部にある「安祥文化のさと」は、安城の地名の元になった安祥城址に、関連する下記の文化施設が建てられ、安城市民の憩いの場になっています。閑かなたたずまいの中、広大な敷地の中で、歴史のロマンに耽るにはもってこいの施設です。
 施設一覧
   @市民ギャラリー
   A埋蔵文化財センター
   B安城市歴史博物館(入館料¥200)
   C安祥公民館
   D八幡社(二の丸跡)
   E大乗寺(本丸跡)
   F風土記の舞台 等

安城市歴史博物館全景 歴史博物館の館内(安城の古代から現代までの歴史を紹介
安祥城址にある大乗寺 浄土宗鎮西派 安祥山大乗寺 本堂
市指定史跡
 安祥城址 昭和36(1961)年10月1日指定

 室町時代中期の永享12(1440)年の築城と推定され、
はじめ森城と呼ばれていました。三方を湿地にかこまれ
た台地突端に位置し、北部接続部に濠を掘った中世の
本格的城郭(平山城)でした。
 文明3(1471)年ころ、松平信光が攻め取り、以後50余
年間、安城松平4代(親忠、長親、信忠、清康)の居城と
なりました。また松平氏の本拠が岡崎城へ移ると、この
城をめぐって松平・今川氏と織田氏との間に、天文9
(1540)年から10年の間に5度に及ぶ攻防戦がくりひろげ
られました。
 桶狭間の戦い以後廃城となったと考えられますが、天正
12(1584)年小牧長久手の戦いにあたり、徳川勢によって
改修工事を請けたとする説が有力です。
二の丸跡にある八幡社
≪平成25(2013)年1月24日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成25年1月25日(金):第649号】