羽布城跡  場所の地図

 国道473号線の沿線にある豊田市羽布郵便局(地図)の近くに、「羽布城跡」という説明板を見つけましたので、その説明と場所を示す矢印を頼りに城跡を探してみました。車で行ける道路の山頂部に、150mの方向を示す矢印が、そして100mほど歩くと、山頂部へ70mの矢印があります。その矢印方向にしたがい道なき道をひたすら山頂部をめざすと城跡に到着します。城跡には、杉林の中に小さな看板があるだけで、石碑等はありません。ちょっと拍子抜けしました。
 羽布城跡のについては次のように説明されておりました。

羽布城跡   平成4(1992)年12月26日 下山村(現豊田市)教育委員会
・所在地 下山村大字羽布(現豊田市羽布町)字赤狐子(しゃこじ)
・遺  構 本曲輪(ほんぐるわ)、曲輪、堀切、土塁
・規  模 総面積 約2,200u、東西 約80m、南北約70m
 羽布城は、巴川の右岸に沿って、東西方向にのびる山並みの先端部に築かれた中世の山城です。南・北・西の三面は山の急斜面で、その麓を囲むように巴川が流れ、天然の要害をないしています。
 遺構は、面積約500uの本曲輪とこれを取り巻く曲輪、堀切などによって構成されています。曲輪の各所には使途不明の石塊が数多く残っています。地元ではこの遺構を含み山一帯を「城山」と呼んでいます。
 城の歴史に関することは詳細不明ですが、「三河国二葉松」には「羽布村古城・城主不知」と記されています。平常は山麓に居住し、」非常の際の拠点を羽布城としたと推定されます。
 元亀・天正(1570年)の頃、羽布城は大桑城とともに、甲斐の武田軍に攻められ落城したと伝えられています。
 また、羽布城から作手方面へ向かう連山の頂部には、武田軍が東進のために切り開いたと伝えられる根道(ねみち)が残っています。

車で行ける道路の山頂部に、羽布城跡150mを示す矢印 100mほど歩くと山頂方向70mの矢印
羽布城跡を示す城山山頂  羽布城跡があった小高い山
≪平成25(2013)年1月12日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成25年1月14日(月):第638号】