暗渠(あんきょ)・慰霊地蔵尊  場所の地図

 【平成24年10月31日(水):第563号】の馬頭観音Aは、当初、「暗渠」と呼ばれている場所に設置されていたと紹介しました。伊那街道において牛馬で往復する明治からしょうわ初期にかけては、交通の難所として有名な場所だったそうです。切り立った断崖、そしてその下には海老川が流れ、崖崩れが日常茶飯事で、落下すれば命がないといわれる場所でした。何頭かの馬車や牛車が落下し、牛馬や人の命を奪っています。昭和の車社会になっても、車も何台か崖下に転落し、死者や怪我人が出たことを聞いています。私が小学校へ通学する時代においても、危険箇所ということで、その道を通学道路としていた小中学生は、崖崩れを注意しながら通学していました。現在は、片道一車線の舗装道路になり、崖崩れのおそれのある断崖はコンクリートが吹き付けられ、また転落防止のガードレールも整備され、安全対策が充分なされています。
 当時の死者の霊を慰霊するため、その地には「慰霊地蔵尊」が建てられています。大正14(1925)年に建立された旨の刻字がされていました。人力、牛馬使用、自動車と交通手段は進歩をとげてきましたが、それも尊い命と引き替えに発展してきたことも事実です。この暗渠においてなくなられた方のご冥福をお祈りします。
 「地蔵尊」は、「「地蔵菩薩」ともいい、大地のように広大な慈悲で、生あるものすべてをすくうといわれています。お釈迦様の死後、弥勒菩薩(みろくぼさつ:とおい未来、慈しみにより、生あるものすべてをすくうという菩薩)があらわれるまでの無仏の間、私たちを救ってくれるといわれています。菩薩でありながら、一般に僧の姿をしており、右手に錫杖(しゃくじょう:銅や鉄などで作られた杖で,頭部の輪形に遊環を6個または12個通し、これを揺すって音を出します)、左手に宝珠(ほうじゅ:上部が円錐形になった珠)を持っています。日本では平安時代からひろく信仰されています。

慰霊地蔵尊全景
 道路下は海老川が流れる絶壁  断崖にコンクリート吹き付けられた現在の道路
≪平成24(2012)年11月3日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成24年11月6日(火):第569号】