登呂遺跡  場所の地図

 昨日紹介した三保の松原から西へ15kmのところに、今日紹介する弥生時代(およそ紀元前3世紀中頃から、紀元後3世紀中頃までにあたる時代)の遺跡である登呂遺跡があります。

 登呂遺跡は、太平洋戦争中の昭和18(1943)年、軍需工場建設中に発見され、弥生時代の遺跡であることがわかりました。戦後の昭和22(1947)年から25(1950)年にかけて本格的な発掘調査が行われ、弥生時代後期の農村の姿を残す集落遺跡で、住居と米を補完するための高床倉庫の跡、約8ヘクタールの水田域が確認されました。遺跡からは土器をはじめ木製の容器や農具が出土し、昭和27(1952)年には国の特別史跡に指定されました。その後平成11(1999)年から15(2003)年まで再整備のための再発掘調査が行われ、棟持柱(むなもちばしら)がそえられた祭殿と考えられる大型の掘立柱(ほったてばしら)建物跡や、集落と水田域を区画する溝など新しい情報が得られました。(静岡市立登呂博物館のリーフレットより)

 広大な敷地に、静岡市立登呂博物館と遺跡が広がっています。博物館は1Fは無料で見学でき、弥生時代のいろいろな体験ができるようになっています。遺跡の跡地には、水田、住居、高床倉庫、祭殿などが復元されています。住居跡の一角では、火起こし体験ができるコーナーがあり、多くの小学生が挑戦していました。

静岡市立登呂博物館全景 復元された水田
復元された住居 復元された高床式倉庫
火起こし体験
≪平成24(2012)年10月8日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成24年10月20日(土):第552号】