宮の渡し公園  場所の地図

 七里の渡しは、旧東海道の宮(名古屋市熱田区)と三重県桑名を結ぶ海路をいいます。七里とはその距離(28km)にちなんだ名前で、当時は3〜4時間の船旅でした。この宮宿の船着き場跡が昭和58(1983)年に「宮の渡し公園」として整備されました。常夜灯【写真1】や時の鐘【写真2】、道標や松並木として旧東海道のおもかげを残しています。公園の向かいには、宿場町であった頃の建物が残っています。それが「丹羽家住宅」【写真3】と「熱田荘」【写真4】です。名古屋市教育委員会の説明文とともに掲載します。

【写真1】常夜灯(昭和30年に復元されました) 【写真2】時の鐘(午前8時・正午・午後6時に時を告げます)
丹羽家住宅【写真3】

 丹羽家は幕末のころ、脇本陣格の旅籠(はたご)屋で、伊勢久と称し、西国大名の藩名入りの提灯(ちょうちん)箱が残されている。
 正面の破風(はふ)付玄関は、かつての格式の高さを残している。屋根に上がっていた卯建(うだつ)は繊細で破壊され、現在は袖卯建のみである。
 創建は不明であるが、天保12(1841)年の「尾張名所図会(ずえ)・七里渡船着」には当家のものと思われる破風付玄関のある旅籠屋が描かれている。
 昭和59(1984)年、市の有形文化財に指定された。
熱田荘【写真4】

 木造・二階建・切妻造桟瓦葺(さんかわらぶき) 平入り・正面庇(ひさし)付で、この建物は明治29(1896)年に建てられた「魚半」という料亭であった。太平洋戦争中は三菱重工業の社員寮として、現在は高齢者福祉施設として利用されている。
 建造時期は新しいが、近世の町家(まちや)の形式を継承しており、旧船着場に面して建ち、先に指定された丹羽家(伊勢久)とともに、宮の宿の景観をしのばせる数少ない遺稿の一つで、市の有形文化財に指定されている。
≪平成24(2012)年9月22日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成24年9月28日(金):第530号】