三河一向一揆ゆかりの寺【岡崎観光きらり百選 bQ7】

 三河一向一揆は、戦国時代に三河国の西三河全域で、永禄6(1563)年から永禄7(1564)年まで、半年ほど行われた一揆をいいます。この一揆に関連する浄土系寺院5ヶ寺が「岡崎観光きらり百選」に選ばれていますので紹介します。  

勝鬘寺(しょうまんじ)  場所の地図
 三河における最初の真宗道場として、正嘉2(1258)年創建されました。当時は赤渋にありましたが、その後水害の何をさけるため現在地へ移りました。
 永禄6(1563)年、三河一向一揆の嵐が襲い、肉親や主従が敵味方に別れて戦いました。当寺には、一揆を起こした農民が立てこもり、数ヶ月に渡って家康に抵抗しました。

宗派:浄土真宗本願寺派
山号:寂光山
住所:岡崎市針崎町朱印地3
≪平成24(2012)年3月16日撮影≫
本宗寺(ほんしゅうじ)  場所の地図
 応仁2(1468)年の創建当時は、現在の福岡町にありましたが、三河一向一揆の一拠点として家康に抵抗したため破壊され、当地に再建されたものです。


宗派:浄土真宗本願寺派
山号:土呂殿
住所:岡崎市美合町平地50
≪平成24(2012)年3月8日撮影≫
妙源寺(みょうげんじ)  場所の地図
 三河一向一揆では家康方に味方し、家康も本寺に難を避けたと伝えられます。このため、以前から松平氏から崇敬されていたこともあり、家康から「源」の一字を賜り、それまでの「明眼寺」を「妙源寺」に改めたといいます。

宗派:真宗高田派
山号:桑子山
住所:岡崎市大和町沓市場65
≪平成24(2012)年2月10日撮影≫
上宮寺(じょううぐうじ)  場所の地図
 永禄5(1562)年秋、徳川家康の家臣が上宮寺から兵糧米を強奪しようとした。これが一つの発端となり、本願寺門とを中心とする三河一向一揆がはじまった。一揆は1年半近く続いたが、最期は寺方が疲弊して家康と和議を結んだ。しかしこれは実質の降伏であり、僧侶は国外退去、寺院は破却という処分にあい、三河の地では以後20年間本願寺系寺院の禁教がなされた。

宗派:真宗大谷派
山号:太子山
住所:岡崎市上佐々木町梅ノ木36
≪平成23(2011)年5月30日撮影≫
浄珠院(じょうしゅいん)  場所の地図
 三河一向一揆は、家康の家臣が上宮寺から糧米を強制徴収したことがきっかけとなりました。
 一揆に手を焼いた家康は、浄珠院に本陣を置き、一揆制圧のために自ら指揮をとりました。昨日まで家臣であった者が今日は敵。家康はきっとつらい気持ちで戦ったに違いありません。

宗派:浄土宗西山深草派
山号:清光山
住所:岡崎市上和田町北屋敷55
≪平成24(2012)年3月15日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成24年9月17日(月):第519号】