鵜飼船の碑  場所の地図

 昨日紹介した「旧黄柳橋」の西側に、今日紹介する「鵜飼船の碑」が建てられています。乗本地区を流れる宇連川という地の利を生かした、昔の産業の紹介です。【平成24年8月17日(金):第488号】で紹介した「丁塚道」は、街道の中間という地の利を生かしたものでした。旧鳳来町において、その土地土地においてそれぞれ独自の歴史があることを学んでいます。碑文を読むと、当時の賑やかさを彷彿させます。
 鵜飼船の碑には、次のように南北で違う碑文が刻字されていました。

(北向きの碑文)
 平成8年度 愛知県地方振興事業
 乗本小川の菅沼本家五代の定正は、正保元(1614)年、美濃の大工に船首と船尾が同型の鵜飼船(当時十艘)を造らせ、宇連川の左岸で黄柳川との合流点上手の羽根河岸を拠点として回漕業を始めた。下りの荷は材木、米穀、木炭こけらなど、上り荷は海産物や雑貨などで、乗本地区はたいへんにぎわった。     平成9(1997)年3月 竣工

(南向きの碑文)
 乗本音頭
 昔しや乗本 その名の如く
 羽根の河岸 にぎわいて それにぎわいて
 吉田通いの 船が着く 船が着く

北向き(碑文は振興事業の紹介) 南向き(碑文は乗本音頭)
≪平成24(2012)年9月3日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成24年9月15日(土):第517号】