佐布里池梅林(そうりいけばいりん)  場所の地図

 今年の冬は寒かったために、梅の開花が遅れています。そのため、釣月寺梅苑の梅は、咲き始めで、まだ一分咲き程度です。梅の花で有名な、知多市の佐布池梅林の梅まつりも2月12日から3月4日までとすでに終わっていますが、現在満開です。詳細は知多市のHPを参照して下さい。訪れた時は、雨模様のため、観梅の人はほとんどいなかったため、美しい梅の花を満喫できましたが、冷たい雨で、体が心底冷えてしまいました。。
 梅林の中に、その歴史について、次のように書かれていました。

 佐布里梅と梅林
 〜佐布里梅の誕生〜 明治初期
 明治時代の始め頃に、佐布里に住む鰐部亀蔵(わにべかめぞう)さんが、苦心して桃の木に梅を接木して生みだしました。五輪でうす紅色の花が咲き、果肉が厚く核が小さいのが特徴で、酸味が強いので梅漬けや梅酢に最適な品種です。
 〜梅林の誕生〜 明治後期
 梅は消毒や施肥の手間が少ない、畑のあぜ道でも栽培でき、特に「佐布里梅」は土質に適しており、鈴なりになるほど実をつけるため、収穫量も多く競って植えられました。畑やあぜに植えられた梅の木々は、やがて「佐布里梅林」となりました。
 〜梅林の全盛〜 大正から昭和初期
 愛知電鉄(現在の名古屋鉄道)が観光地として宣伝し、当時で年間7万人ほどの観梅客が訪れました。佐布里梅林のほとんどは「佐布里梅」で、2月末には佐布里一帯がうす紅色に染まりました。梅林では梅まつりが開催され、茶店や売店が出店され芸奴が出るなどの賑わいを見せました。
 〜梅林の衰退〜 昭和中期
 昭和34(1959)年の伊勢湾台風での倒木や、昭和35(1960)年頃からの佐布里池の建設で水没し、佐布里梅林は、姿を消しました。
 〜梅林の復活〜 昭和後期から現在
 佐布里池完成後の昭和40(1965)年代に、地域住民や愛知県の協力で梅の苗木が植えられ、今では佐布里梅を始め25種類、約4,600本の梅が「佐布里池梅林」として復活しました。2月中旬から3月中旬にかけ観梅を楽しめるようになり、知多市観光協会による梅まつりが開催されています。

 佐布里池のほとりには、「佐布里緑と花のふれあい公園」が整備されており、観梅だけでなく、オールラウンドのレジャーが楽しめるようになっています。園内の「梅の館」では、レストランや土産物店があり、体験工房では、地域の自然を利用したいろいろな体験ができるようになっています。
「梅の館」全景
≪平成24(2012)年3月9日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成24年3月11日(日):第329号】