芭蕉句碑  場所の地図

 鳳来寺山表参道入口からやや階段口に近い、自然科学博物館をすぎたところに、彫刻家「淺井健作」氏(経歴)の作品「芭蕉」があります。また、この作品から少し参道を昇った道路の反対側に、家根(屋根)屋の跡地があります。松尾芭蕉の説明文は、彫刻作品と家根屋の跡地入口にあるもの二つをまとめてわかりやすくしました。

 松尾芭蕉
 江戸時代の有名な俳人松尾芭蕉が鳳来寺を訪れたのは、今から300年あまり前の元禄4(1691)年10月下旬のことでした。
 前日、新城に住む弟子太田白雪(はくせつ)の家に泊まった芭蕉は、弟子たちを連れて鳳来寺へ参詣に行きました。急な坂道の途中で足を休めて詠んだ句が
       木枯らしに岩吹きとがる杉間かな
です。現在、山道の石段を百段ほど上った左側に、この「木枯らし」の句碑が立てられています。
 芭蕉が参詣に行った日は、たいへん寒い日でした。そのため体が冷えて、芭蕉は持病がひどくなり、頂上まで登らずに引き返し、表参道にあった家根屋という宿屋に無理に頼んで泊めてもらいました。この日は鳳来寺の秋祭りで、どの家も満員でした。芭蕉にあたえられた部屋は、風が吹き抜け布団もお粗末でした。弟子たちは夜道を奔走し、やっと山中の一寺から、夜着(掛け布団の一種)を一枚借りることができました。その時に、芭蕉は
       夜着一つ祈り出(いだ)して旅寝かな
という句をよみました。この「夜着」の句碑のたてられているところが、家根屋のあった跡です。
 当時47歳の芭蕉は、既に俳聖とあがめられ、芭蕉翁と呼ばれていました。

「淺井健作」作の松尾芭蕉碑 石段を百段ほど上った左側に立てられている「木枯らし」の句碑
家根屋のあった跡に立てられている
「夜着」の句碑
家根屋(屋根屋)の跡地とその井戸
≪平成23(2011)年12月9日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成23年12月10日(土):第237号】