犬山城  場所の地図

 今日は犬山城を紹介します。たまたま、犬山市へ行く機会がありましたので、犬山城へ登城しました。開城時間は、午前9時から午後5時までで、入城料は¥500です。
 白帝城ともいい、長く成瀬家個人が所有した本物の城として有名です。本物を示す急な階段を何段も登り、天守閣に到着します。天守閣から眺める、木曽川や犬山市内の眺望はとても美しいものがあります。

 犬山城の沿革には、次のような説明がありました。
 犬山城は、天文6(1537)年に織田信長の叔父にあたる織田与次郎信康によって造られました。戦国時代なので、その後何代も城主は代わりましたが、慶長5(1600)年の関ヶ原合戦の頃を中心に、城郭は整備されていきました。
 小牧長久手合戦(1854年)の際には、豊臣秀吉は大阪から12万余の大軍を率いてこの城に入り、小牧山に陣をしいた徳川家康と戦いました。江戸時代になり、尾張藩の付家老、成瀬隼人正正成(なるせはやとのしょうまさなり)が元和3(1617)年城主となってからは、成瀬家が代々うけついで明治にいたりました。
 明治4(1871)年9代目成瀬正肥(まさみつ)のとき廃藩置県で廃城となり、櫓や城門など天守閣を除く建物はほとんど取り壊されてしまいました。
 明治24(1891)年の濃尾震災で天守閣の東南角の付櫓など、ひどく壊れました。それを修復する条件で再び成瀬家所有の城になりました。その後、伊勢湾台風でも被害を受けましたので昭和36(1961)年から昭和40(1965)年まで4年間かけて解体修理がおこなわれました。
 昭和10(1935)年国宝に、昭和27(1952)年規則改正にともない改めて国宝に指定されました。
 国宝の犬山城、彦根城、姫路城、松本城の四城のなかでも、最も古い城であります。
 平成16(2004)年4月、財団法人「犬山城白帝文庫」が設立され、城の所有者は個人から財団法人になりました。

犬山城全景 本物を示す急な階段
犬山城から木曽川を臨む 犬山城から犬山市内を臨む
≪平成23(2011)年6月20日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成23年9月29日(木):第165号】