龍岡城  場所の地図

 【平成23年9月25日(日):第161号】で奥殿陣屋を紹介しましたが、その解説の中に「奥殿陣屋は、慶応3(1867)年4月、現在の長野県佐久市にある田野口城(のちの龍岡城)の完成で、藩の業務が信州に移ってから、陣屋の建物は少しずつ移築されたり、取り壊されていきました。」とあります。この龍岡城は、五稜郭ともいわれ、わが国の城址な中で、函館の五稜郭と並ぶ洋式の城郭です。
 佐久市校外にある龍岡城五稜郭は、昔の名残を残してひっそりとたたずんでいました。五稜郭といえば函館と思っていた、私にとって、たいへん驚いたと同時に、さらにこの龍岡城が岡崎ともたいへん縁がある所と知り、さらに驚きは倍増しました。
 解説文には、次のようにあります。
 【信州に一万二千石、三河に四千石を持つ三河奥殿藩の松平氏は、宝永以来160年間三河に本拠を持ち、佐久には陣屋を置いて、領内22ヵ村の統治をつづけてきたが、11代乗護(のりかた)になって、幕末激動の情勢に応じて信州に居館を移すことを計画し、元治元(1864)年3月着工、慶応3(1867)年竣工、地字名をとって龍岡城と称した。用地1万余坪は田野口村より、石材木材などは領内より献納、総費用4万円余であった。廃藩後明治5年、城はとりこわしとなったが、濠と石塁、建物の一部大台所を残している。】
 また、「五稜郭であいの館」においては、地元の方々(ボランティア)から暖かいお茶と漬物をだしていただき、その暖かいもてなしに感激しました。

龍岡城入口 五稜郭の解説 城址の石碑
当時のおもかげを残すお濠 五稜郭入り口の橋より濠をのぞむ 五稜郭 であいの館
≪平成23(2011)年6月13日撮影≫

釣月寺和尚の一日一題 話題提供 【平成23年9月27日(火):第163号】