ANTLERS Diary Ant-mark



1999.03.20 1st.ステージ 第 3節 


鹿島アントラーズ vs
       サンフレッチェ広島


     新記録よりも...





寒い。寒すぎる。3月の国立は雨と風により、まるでワールドカップ最終予選の日々を
思い出させるような寒さだ。国立のトラックは細波のように雨が叩いている。入場して
きた選手は白い息を吐きながらやってくる。

こんな最悪のコンディション、当然の如くお客は入らない。広島側はシミスポや警備
員の方が多めにみえる。それでもホームの鹿島側には7000人以上のサポーターが集結
している。常人から見ればもう異常としか思えないのではないだろうか。それでも私
は今日一緒に試合を見た人達を誇りに思う。雨で試合を中止したヤクルト−オリック
スにはこれほど愛してくれるファンはいないはずだ。苦しい時を一緒に過してこそ本
当に嬉しさを分ち合えるはずだ。

そしてアントラーズも今日見に来てくれた、たった9000人のお客のために、鹿島アン
トラーズの名に恥じない素晴らしい試合をしてくれた。この試合を見て、その昔のあ
る言葉を思い出した。「お客さんがたった一人でも、私はその一人のために最高のプ
レーを見せてあげたい。」と、サントスは鹿島時代に語ってくれていた。

さて、今日の鹿島は、ボランチに本田が今季初出場。阿部とボランチを組む。好調の
マジーニョは1.5列というよりは、中盤のフリーマンとして位置している。99鹿島前期
のベストメンバーが始めて出場した試合となった。(後期に全員が復帰すればもっと
素晴らしいベストメンバーが組めるだろう)

対する広島は、なぜか森保と吉田は出場しなく、服部、桑原、山口、古賀、沢田の中盤。
2トップは代表候補の破戒僧・久保とビドマー。脅威の最終ラインはフォックス、ポポ
ビィッチ、それに鈴木秀人と並ぶ武闘派・上村だ。

試合開始。広島はここまで2連敗しているが、やはり広島だった。高くしっかりとした
DFラインは高々とラインを押上げ2トップをしっかりとマークする。中盤とFWはコ
ンパクトなゾーンを作りビスやんやマジーニョのスペースを消してくる。そしてFWの
久保に回せて勝負を賭けてくる。シンプルなコンセプト、しっかりとした守備、走りき
る体力。ハデさもなにもないが、自分達の力を出し切るサッカーをしてくる。

これに対して鹿島は去年の苦い経験を忘れずにしっかりと対策を立てて望んできた。
雨でボールコントロールに苦しむ中、しかしそれでも適当にはボールを出さない。
一時期はFWに蹴って、そこからのゲームというのが多かったが、この試合では、
必要以上に中盤を繋いできて、しっかりとFWにパス出来るシーンでしか、前線へ
パスをださない。

自分達のボールを失わない。攻めている状態で相手にボールを渡し、カウンターを
食らうぐらいなら、自分達のコンビネーションを信じて、徹底的に回しまわす。
高い広島DFに対して、単純なポストプレーではなく、素早いワンツーでの突破を
図る、そういう戦術がフィールドの隅々まで感じさせる。

大雨の中、ボールコントロールでは普段の鹿島の実力が出せないような環境で、鹿島
のダイレクトプレーは素晴らしいものだった。グラウンダーで前線の柳沢へ。柳沢は
瞬時にボールをリターン。柳沢はそのまま反転、スペースへと走り込む。ボールを受
取ったビスは柳沢へパス。または、本田が左サイドで相馬へパス。相馬はヒールで前
の柳沢へ。柳沢は瞬時に本田へ。本田はそのまま左サイド前方へスルーパス。その瞬
間、相馬は柳沢の後ろを通って前線へ飛出している。相馬はそのままボールをトラッ
プ。完全にフリーな形で絶妙なセンタリングを上げた。

柳沢を中心として、ダイレクトプレーは次々と広島ディフェンスを切裂いた。微妙な
位置でオフサイドやコントロールミスで完全に成功する事は少なかったが、広島を完
全に翻弄したこのプレーは素晴らしいものだった。

初年度、ジーコが突然の、しかし予想された負傷で出場できなかった時の事を覚えて
いるだろうか?あの時も、鹿島は大きな穴は埋められない、もう駄目だと言われた。
しかし鹿島はショートパスによるダイレクトプレーで、アルシンドや長谷川が完全に
フリー抜出して得点を決めていった。

あの時よりも何倍も鋭く緻密なプレーが現われてきている。中盤でのパス交換により
相馬らのサイドバックも上がるタメが創れている。今日の相馬はひさしぶりに水を得
た魚のように駆け上がっていた。このサッカーが完成したら、もう守備的とは言わせ
ない。もうジュビロにサッカーで負けてはいないとは言わせない、そう言える日も近
いのではないだろうか?

試合はしっかりとした広島の守備に最後の一線が中々破れない展開の中、相手のミス
から得点を奪う。鹿島ゴール前で山口が出したパスは、受け手が転んでビスやんの元
へ。高桑だろうか秋田だろうか「フリー」の声が響く。その瞬間、ビスやんの後ろに
いた名良橋が突然加速して走出す。ビスやんは中央に進出しつつ、名良橋にオーバー
ラップの間を与える。マジがビスやんに近づいていく。長谷川は戻りオフサイドの位
置。広島DFの意識を中央に集中させておいて、名良橋へスルーパス。

名良橋、あとは何も考えずに中央へ流し込む。マジ、ニアでこれを合す。・・・・が
なんと空振。しかしこれがGKへフェイントとなり、ゴールは完全に空に。ボールは
しっかりと走り込んだ長谷川の元へ。長谷川ゴォォォーーーール。鹿島1−0。

そして鹿島の、いやゼの恐ろしさはここから。得点を取った瞬間から、いきなり鹿島
のサッカーが変わる。細かいパス交換は激減し、前線のサイドへボールを送込むだけ
のカウンターサッカーに切替えた。最後には点を取りに行って勝つのではなく、内藤
を入れて守備を固めて勝つサッカーを見せる。

ノーリスクを徹底している。早く守りに入ると最後まで続かない、そんな甘いサッカ
ーはしていない。何時間でも守り抜ける、そういう自信が漲っている。そして勝って
いる鹿島が守りに入ると、相手は攻めるしかない。そして攻めてくればくるほど、日
本一のFW群がカウンターからの得点を狙い続ける。この試合も雨でコントロールに
苦しまなければ、あと2点は追加していただろう。

後半はまさにザ・秋田ショー。相手が焦って前線へロングパスを送ってくるが、それを
尽く秋田が弾き返す。久保がいようがいまいが関係ない。まるで無人のフィールドを
飛回っているかのように、秋田だけが飛び秋田だけが存在している。

バスケットには、ブロックショットという相手シュートを弾き返すプレーがある。
サッカーにもしブロックショットがあるのならば、秋田はまさにブロックショット
の王になれるだろう。

これは返り際に鹿サポの人と話していたのだが、もしかしたら久保は柳沢よりもうまく
なってしまうかもしれないと。なぜならレギュラーの柳沢はもう秋田とは闘えないが、
久保は常に秋田と闘いつつ、自分を鍛え上げているからと。それほどまでに今の秋田は
充実している。ガウチに買われないように気を付けないといけない。

ロングボールが駄目と広島が中盤からドリブルで上がってこようとすると、今度は鹿島
ボランチ陣に嵌まる。この試合で復帰した本田はいきなり完全稼動。フィールドを縦横
無尽に走り回って相手からのボールを奪い取ってくる。調子がいいのか、プロフェッシ
ョナルファール以外の苦し紛れのファールがない。トルシエは果して今日の本田を見た
だろうか。

本田だけではない。ボランチに活きる道を見つけたのか、阿部もパフォーマンスもよか
った。細かいパスミスが散逸するのは不安だが、ボールキープやボール奪取が素晴らし
い。ここぞという時に突然飛出してきてボールを奪い、そのまま駆け上がっていくとい
うプレーを連続して見せてくる。今日は本田が前で追い、阿部が最終ラインに入って
カバーに回るというシーンもあった。それだけではない。身体全体で飛込むようなスラ
イディングタックルを見せたり、審判に見えないところで相手を押してボールを奪った
りとドロドロなプレーもしっかりとやる。

本山のような才能の原石を見るのも楽しいが、阿部のように才能が鹿島によって磨かれ
たシーンをみるのも楽しいものだ。

それ以外の選手では、やはりマジか。もう駄目だろう、駄目だろうと毎試合を見ている
が、ジーコもいない、これほど寒い状況でもしっかりとプレーしている。チームがピン
チというシーンでは、マジが最終ラインまでしっかりと戻って守備をする。もう信じて
いいのではないか。まだ安心はできないなぁ。

柳沢も良かった。柳沢が素晴らしいプレーをするのは当然の事。最近はそういう感じを
持っていたが、今日はやはりいつもに増して素晴らしいプレーだった。満点のポストプ
レー、左右に散ってのセンタリング。終盤でのカウンターの飛出し。テレビでは映らな
い今日の柳沢の素晴らしさを見れたのがたった9000人とは本当に悲しい。

テレビに映った時にはもう柳沢の素晴らしさは終っている。ボールが来た時にはもう柳
沢の動きはほとんど終っている。楽な体制でボールを受け楽に蹴るだけ。それが柳沢だ。
そのために一瞬の隙も逃さずDFのマークを躱し、一瞬のうちにスペースへ移動、一瞬
のうちに味方の位置を認識する。全てはフレームの外で、柳沢の頭の中で終っている。

試合終了。サッカー的には充分に強い広島を完全に封じ込めての勝利。この日の勝利は
16試合連続勝利という事で散々騒がれた。しかし、そんな事よりも、この劣悪なコンデ
ィションの中、鹿島は鹿島らしいサッカーを展開し、どの選手も自分のベストパフォー
マンスを発揮し、そして魅力的な可能性と強固な闘う意志を見せ付けた試合だという事
を伝えたい。サッカーに記録は少ない。それはサッカーの素晴らしさは記録で表すもの
ではなく、一瞬一瞬のプレー、闘い続ける人間達、そして理不尽なまでの神のいたずら、
そういうものにあるのではないだろうか。


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