晩秋の鹿島スタジアム。夜がふけるにつれて気温は大きく下がる。しかし鹿島スタジアム を包む熱気は目にみえそうなほど高い。数少ないアウェーの磐田サポも含めて、ここで試合 を見れる人々は努力してある意味では選ばれた人達だ。鹿島サポのこの一戦にかける気持ち は高い。鹿島スタジアムに詰掛けた人々は16991人。鹿島の勝利を一目見ようと、それ以上 にできる限りの事をして鹿島アントラーズを応援したいと思って集った人々だ。 それに応える意味で鹿島も指定席に赤い紙を用意して、スタジアム全体で鹿島を応援しまし ょうと呼びかける。去年と同じように真赤なスタジアムが鹿島アントラーズの入場を待受け る。 「勝っても負けても俺達が一緒。のびのびとやろう」インファイトは鹿島スタジアムで掲げ て選手にメッセージを送った。負けた場合は本当かと思ってしまったが、その意気や良し。 今日の鹿島は前の試合で2−1延長勝ちしているため、今日の試合、90分で勝つだけで良い。 1−0でいいのだ。ゼマリオはまさしくそういう戦いかたを選択してきた。磐田の中盤を封 じ、攻撃はトップにかける戦術を取るために、中盤の阿部を下げて内藤を入れて、サイドに 位置する藤田を封じてきた。誕生日の名波にはジョルジを上げて対応。ドゥンガにはビスや ん。2トップは柳沢とマジーニョ。 試合開始。鹿島はしかし守る事無く攻込んでいく。開始2分。左サイドを駆け上がる内藤か ら絶妙なセンタリング。それに柳沢がニアで頭に合わせる。田中誠が柳沢のジャンプの軌道 に入っていなければ確実に得点していただろう。 しかしこの瞬間に点が取れなくてよかったとも思った。磐田は前節速すぎる得点に自分達の ペースを崩してしまった。点を取るタイミングというものが存在する。得点は取るためにあ るのではなく、勝つために取るものなのだ。 今日の鹿島の攻めはアタッカーの数が減っているわけにチャンスが多く創れる。普段よりも ジョルジが高い位置にいるため、そこでボールを奪えば前線にすぐパスが出せる。このパス に尽く柳沢が反応した。柳沢はここで決める、自分が決めるという意識が充溢している。 今日こそ柳沢が伝説を創ってくれる、そういう予感がした。 しかしその予感は鈴木秀人に打砕かれた。鈴木に詰寄った柳沢は鈴木のクリア後のスリップ に巻込まれてしまい、足を踏みつけられてしまう。靭帯損傷3週間。柳沢のチャンピオン シップとアジア大会は終了した。柳沢に変えて鹿島は長谷川を送出した。 磐田も攻めてくるが今日は完全に名波が消され、ドゥンガが死んでいた。ドゥンガにはチー ムを無理矢理にでも勝たせようという闘志が感じられなく、また実際にフィジカルが相当 悪いのだろう。ほとんど動けなくパスを出すだけになってしまって。11/3のドゥンガの面影 はない。そして名波はジョルジに完全に押えられている。名波がどんなに素晴らしいパスを 持っていても、所詮韓国の選手に押えられる程度の動きしか出来ない。相手は今日が最後の カシマスタジアムになるといわれているジョルジ。ジーコの目の前で優勝を遂げたいと必死 に戦っているジョルジ、セレソンとアルヘンティナには鬼のように容赦のないジョルジ、 ジョルジは異教徒のそんなものは嫌だというだろうが、まさに鹿島の不動明王という感じ。 名波風情にはどうしようもない。 しかし柳沢がいなくなった事で、少ないサポートでも前線でしっかりとポイントを創って 攻めるという鹿島の戦術は消えた。長谷川がサイドに逃げても長谷川のテクニックでは、 いいセンタリングを上げる事は出来ない。むしろマジがサイドに逃げて、中央で長谷川が はる形がいいのだが、怪我明けのマジではそれもいかないのだろう。鹿島は押しているが 攻めきれない、そういう展開となった。 しかしこの間に展開されているサッカーは、息をするのを忘れるほどレベルの高いもの だった。一瞬でも止めてしまったら、ちょっとでも状況判断を間違うと、パスコースと スピードが理想どおりでないと、一瞬にして相手に奪われてしまう。いつもならどんな によせられても切り返しと逆サイドへのパスで逃げられたのに、この試合では、それさえ も読まれてカットされてしまう。相手よりも速く正確に判断しパスしなくてはいけない。 相手に判断される前に行動を起こさなくてはならない。磐田と鹿島、お互いが切磋琢磨 しているからこそ、そしてお互いが同じようなレベルの高い攻撃サッカーを目指してい るからこそ、噛み合っている。去年にはなかった幸せだろう。 前半39分。その均衡が崩れた。名良橋が駆け上がりゴールライン付近で福西にファールで 止められる。ビスやんのFK。スタジアム全体が固唾を飲み込み、無言の緊張が走る。 ビスやんがモーションに入る。秋田が動き出す。秋田には中山がぴったりとマーク。普段 のお返しだ。秋田は代表で小村に勝つためにセットプレーでの得点力を上げようと、動き を研究し努力した。秋田が微妙にサイドステップ。中山もついていこうとする。しかし中 山は他の選手にぶつかりバランスを崩す。秋田が再び中に切れ込む。ビスやんのボールに 向かって、弓なりに秋田が浮上する。下のジョルジ、室井、マジらは秋田と逆に動き、秋 田のためにスペースを用意する。 一閃。 ゴールネットに深々とボールが突き刺される。秋田のヘディングが炸裂。 ゴォォォォォォォォーーーーーーーーーール。1−0。鹿島ついに先制。最高の時間帯に 相手に最高のダメージを与える形での得点。なによりも中山に競り勝ち、秋田が決めた。 秋田が勝ったのだ。 そして、2分後。鹿島には本当に神がついているのか。ビスやんのゴール正面からのFK は一度は外れる。しかし奥がはやく動きすぎた事でやり直し。再び放ったFKは大きく カーブを描きながら左ポストに当たり、ゴールに吸込まれていく。 ゴォォォォーーーーール。2−0。僅か2分後。そしてセイフティリード。 磐田はまったく自分達の実力が劣っているわけではないのに、2点も取られた事にショッ クを受けている。鹿島の仕事はこのまま前半を終了し、そして後半45分を浪費するだけ だ。あと45分。私達の一年間、いや二年間の思いがあと45分で結実する。 後半開始。磐田は福西に変えて川口を投入。川口はウィンガーとして投入されたようだ。 確かに以前よりは上手くなってきているが、恐れるほど成長はしていない。むしろ福西 が下がり、中盤の人数を減らして、いつ来るかわからないボールを待つFWを増やして くれた事は鹿島に有利になった。 後半は攻める磐田、受けてカウンターを狙う鹿島という展開で始った。磐田の攻撃は 最終点の中山を秋田が完璧に押え込んでいるが、それでもきわどいシュートは数々あっ た。一瞬一瞬の集中力と運が鹿島のほうが強かっただけで、点を取られる可能性はいく らでもあった。 鹿島のカウンターはマジをターゲットとして行われた。マジは尽くオフサイドにひっか かるが、FWは10回失敗しても1回だけ成功すればいいポジションだ。またオフサイド でゲームが切れれば、守備陣は安心して守備を整える事が出来る。マジもこうして守備 に参加しているのだ。 鹿島も三点めを狙いにいく。中盤で確実にボールを繋ぎ、プレッシャーがかかっても 必ずフォローにきた選手に渡しボールを活かす。そして、ゴール前までキャリー出来れば 一気に勝負しにいく。こういうシーンに柳沢がいればいいのだが、最後の最後で正確性が ないため決定的な得点は奪えない。しかし鹿島の攻撃は磐田のペースを引裂き、一方的に 押込ませない。磐田は猛攻を仕掛けているが、自分達のやりたいようには出来ていない。 中山が抜出そうとする、秋田が必死に追いつき真横から渾身のタックルをかます。藤田が ゴール前でシュート体勢に入る。テイクバックのため身体をひねり、ボールが一瞬さらさ れた瞬間、ジョルジが矢のようなタックルでボールを奪う。藤田は何がおきたのか理解で きなかっただろう。川口がスピードに任せて突破してくる。ゴールキーパー高桑は鬼神の ような反応で弾く。高桑は恵まれた体格を持ち、今季恵まれたチャンスを手にした。 しかし、それだけでなく、高桑は何かを得てプレーしている。 高桑だけではない。マジも、長谷川も、本田も、名良橋も、室井も。紅く紅く真紅のサポ ーターの声援を吸込み、見えない何かを身体の中に充満させて、輝きながらプレーしてい る。ここはまさにホームなのだ。私達は何も勝利の手助けをすることは出来ない。どんな に応援していてもゴールを入れる事は出来ない。しかし私達が応援することで確実に選手 は、スタジアムは、そして空気は何かを吸収しているのだ。今日のここに充満した空気は トヨタカップのものとも、ワールドカップのものとも違う。鹿島アントラーズのためのも のなのだ。 しかしそういう幸せな時間帯は突然終った。後半30分、鈴木を倒し、こぼれ球をトラップ した名波を倒したビスやんが退場。鹿島は10人になってしまった。ビスやんはこの後、15 分祈ったという。ビスやんは今日の一点めをアシストし、二点めを奪った。そして確実に 磐田から勝利のチャンスを奪った。鹿島は残り15分を守る事だけに専念する、ということ を全員が強烈に意識したのだ。愚かな行為だったとはいえ、結果的にはビスやんは鹿島に 貢献した。 マジに変えて阿部を投入。中盤のトップ目に入らせて、長谷川のワントップ。長谷川にも う攻める気はない。出来るだけ長くトップでボールを維持するだけだ。 10人になって磐田の攻撃は苛烈になる。一人一人が大きく動く事で磐田の攻撃を防いで いたのだ。スタミナは底をつきかけ、カバーする範囲は増大した。しかし鹿島の守備は 最後の一線で磐田を防ぐ。地味で目立たない、この試合左サイドを何度か駆け上がった だけで守備に(それもパスコースのカット等のフォローに)専念していた内藤がここか らヤケに目立ちだす。相手ボールを後ろからインターセプト。ドリブルで突っ込んで くる相手を必死に当って防ぐ。止まらない、油断しない。走るだけ。内藤のプレーには ファンタジーはない。しかし内藤のプレーには感動がある。 磐田ここでドゥンガを下ろし高原を投入。動きが悪くモチベーションが低かったとはい え高原の何倍も恐かった。ドゥンガ日本最後のプレー。ドゥンガがいなくなることで、 磐田は今までの磐田でいられるのだろうか。 試合は続く。残り10分。名良橋が足を傷める。自身一度は×を出す。しかしその瞬間、 相手がボールを持ってくれば苦痛に顔を歪ませながらタックルしにいく。そして○を 出す。名良橋のチャンピオンシップはまだ終らない。 39分中山のヘッドの折返しを藤田がダイレクトにアウトサイドボレーでシュート。ドラ イブがかかったボールは高原の手を越えゴールネットに飛込む。2−1。もう一点も失え ない。後5分。 不調者や押え込まれて、普段の実力がだせない磐田にあって藤田は本当に凄い。藤田が フランスにいたら少なくともジャマイカ戦のような情けない試合はなかっただろう。 時計は40分を回り、時間の進みが遅くなる。長谷川を残し全員がディフェンスラインの 前に集結する。磐田のコーナーキック。ファーからの折返し。高桑の前に三人の磐田選 手。しかし高桑大きな身体を丸めて巨大な岩のようにしてゴールを防ぐ。 45分。4分のロスタイム。240秒の戦いで全てが決まる。もうこの時点で無事な鹿島の選 手は高桑と秋田と阿部くらいのものだろう。室井と名良橋は足を引きずり、内藤は大きく 消耗している。長谷川は左手指を骨折したままプレーを続ける。 なによりも最高齢のジョルジは完全に筋肉を傷めている。走っていても片方の足を引き ずりながらでしか走れない。しかしジョルジは走っている。ジョルジは戦っている。 ジョルジを、鹿島の選手を、サポーターをここまで動かしているもの、それは「情熱」で はないだろうか。勝利への情熱、戦いへの情熱、鹿島への情熱、そういうものが紅く溶岩 流のように輝いて身体中を駆巡っている。切れかけたエネルギーを補充し、動かないはず の足を動かしている。疲労で朦朧となっている頭脳を覚醒させ、追込まれそうになるハー トに火をつけている。 ここに集った、いや集れなかった多くのサポーター、この舞台を用意した多くの関係者や クラブ、ベンチに座っている多くの選手、彼らの戦いのために万全の準備をして送出した トレーナー達、今日の日のために働いてくれる多くのポランティア。そういう人達の 「情熱」がほとばしっている。ここで戦える限り鹿島は負けない。 無限に続くかのように感じたロスタイム。中盤でのファールタックルでゲームが止まる。 モットラムは笛をふく。ピーーーーー。笛は一度で終らなかった。モットラムは高々と腕を 上げ、笛を慣らす。ピッーーーーピィーーーーーーー。試合は終った。 中山はその瞬間座込んだ。去年秋田が正座して泣いていたその場所に。そのすぐ脇で秋田と 相馬と高桑が抱合う。ジョルジは大きく溜息をつき、ひざをつき天に向かって手を合わす。 ジョルジを中心に歓喜の輪が出来る。名良橋は一人動けず何かを思っている。ベンチでは ジーコとゼが抱合い、ビスやんが大きく泣いて喜んでいる。秋田が中山を抱き起し、健闘 を称え合い歩いてくる。秋田は恐ろしい顔を大きく崩し、はばかりも無く泣きながら、ジー コと抱合う。鹿島はチャンピオンシップを制し、Jリーグ最強の栄誉を獲得した。ジーコが フィールドを去ってから5年。我々はやっとチャンピオンの称号をジーコにプレゼントする ことができたのだ。 選手のウィングランを待つ間、フィールドの外で開場整理をするためのボランティアのおじ いさん達が握手をし合い、抱合って喜びを表している。彼らも戦っていたのだ。誰はばかる ことなく「我らがJリーグチャンピオン」の歌が響き渡る。本田がシャーレに軽くキスをし て大きく掲げる。鹿島は自らの誇りを取戻した。 あの日の呆然として、そして悲しい夜が思い出された。あの日から一年。長い長いロードを 思った。苦しい戦いの中で、去年の爆発的な強さの中では得る事の出来なかった「精神力」 を鍛え上げた。ジーコやジョルジの技を真似しようとしていた選手達は、ジーコやジョルジ のように戦う事を知ったのだ。 鹿島の選手はウィニングランに入った。この一周が終れば鹿島スタジアムは長い眠りに入る。 鹿島アントラーズ 98年2ndステージ優勝。同年チャンピオンシップ優勝。年間王者を戴冠す。 最後に去年はインファイト(の一部か?)の乱入を記した。だから今年もインファイトに ついて書くべきだろう。 表彰式の終了後、インファイト主催のビールかけがスタジアム脇の駐車場で開催された。 河津氏が「発煙筒と爆竹は駄目」「まだやらないで」「そこやるんじゃない」「ユージ やるなって」と怒鳴り散らさないとおさまらない混乱。雑然としてスマートではない。 でも、それがいい。それが鹿島らしい。選手がやってくると冬だということを忘れる熱気 はさらに上がった。NHKのインタビューをまったく無視した壇上の選手達主導のコール。 「ジョルジーニョ」「そーうまなおーき」「マジーニョマジーニョララランラン」。 秋田が太鼓を持って「鹿島アントラーズ」選手が楽しげに壇上で踊る。この瞬間、なんか 興奮していたものが収まって、あああ鹿島は本当に優勝したんだなぁとしみじみ感じる事 が出来た。またなきそうになってしまった。そしてテレビで何度も放送されたビールかけ。 ジーコの「乾杯」の音頭ではじまる。あっと言う間に4000本のビールかけも終ってしまう。 みんながみんな喜んでいる。磐田の社長は祝勝会はやめるといっていたが馬鹿だ。人間 悲しい事や悔しい事があった時こそ、笑って喜びを爆発させるべきだ。解散させられてし まったチームのためにも、幸運にもそうならずに優勝した我々は喜んであげないといけない。 この日のテレビをみて「鹿島は素晴らしい」「鹿島は本当に地域密着だ」「鹿島はJの理想」 と色々な賛辞がよせられた。それもこれもインファイト主催だった。去年乱入したのもイン ファイトという言い方があるのならば、今年こんなすばらしいセレモニーを開いたのも、イ ンファイトなのだ。ありがとうインファイトの皆さん。少なくとも鹿島は多くのチームが 持っていない素晴らしいものを持っていた。ありがとう。